学術山間都市ノウレッジ・ビナー

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学術山間都市ノウレッジ・ビナー

 翌日、何処から嗅ぎ付けてきたのか、わざわざ馬車を引き連れてやってきたスカーレットに見送られながら、二人はセットコクマを後にした。  次なる目的地は、第二の聖地があるとされる学術山間都市"ノウレッジ・ビナー"だ。  商人の街セットコクマから更に北上した先の山岳地帯にその街はある。  元は辺境の地で人との関わりを断ち、ひたすら魔法と学問の研究を繰り返していたある変わり者の賢者が住んでおり、彼に教えを乞いに行った弟子たちが次第に移り住んでいった事がその都市の始まりであるという。  自然の城塞とも言える場所に居を構える都市へ行くには並大抵の装備では厳しい。  調子に乗って買い込み過ぎたと思っていたが、案外そうでもなさそうだ。  スカーレットからの好意により、山の麓まで馬車に乗せてもらった二人は、下車した途端に肌を撫でる冷たい風を感じながら何処までも続くように横へ広がる山々を見上げた。  山と山の間、ちょうど谷のようになっている山頂付近に太陽の光を反射してチカチカと光る巨大な城が見える。 「空気が冷たいですね」  はーっと息を吐いて手を暖めたライトがそう溢す。  息は白くならなかったが、高所故か時折吹く風が冷たい。 「そうだな。雪がないのが幸いだ」  冬になるとこの山々は雪をかぶり、都市への道は封鎖されてしまう。  だが、幸運な事に今の季節は春。雪解けを終えた頃だった。  どちらともなく山道へ向かって歩きだす。普段あまり人が通らないのか、道があまり整えられていない。  草木が減っていき、岩肌が露になってきた頃、突如として上空から巨大な怪鳥型の魔獣が飛来した。  奇妙な声を発しながら急降下して襲い来る怪鳥の爪を、寸での所で回避したライトが聖剣を抜き放つ。  そのまま斬りつけようと一閃させるが、降下した速度のまま滑るように上昇していった怪鳥にかわされてしまう。 「くっ……」  悔しげな声を溢すライトを尻目に、上空を旋回しながら怪鳥が鳴き続ける。  さっと周囲を見渡すが、踏み台になりそうな高い足場はなかった。  ガイアも同じ事を考えていたらしく、一瞬二人の目が合う。  互いに頷いた二人はそれぞれ違う行動に出た。 「喰らえ!」  ライトは上空に向け、魔力を込めて何度か聖剣を振るう。数本のシャインカッターが怪鳥に襲いかかるが、自由な空で飛び回る相手に軽々と避けられる。  それに続けてガイアが思い切り投擲した石も避けた怪鳥が再び急降下する。  思いきって軌道上へ飛び込んだガイア の振るった大剣に、鋭く大きな爪がぶつかって弾かれた。  攻撃を防がれた事に怒るような声で鳴きながら勢いを殺さず横を抜けていく怪鳥にガイアの眉が寄る。 「埒があかないな」 「どうにかして動きを止めるかしないと」  足場もないまま無理に飛び掛かったとしても、空中を自在に動ける相手からすれば絶好の獲物となってしまうだろう。  なかなか攻めきれずに歯噛みするライトの横で、おもむろにガイアが軽く身を屈めた。  硬い地面を強く蹴り、高く飛び上がる。  無防備にも不利な空中に躍り出たガイアにすかさず反応した怪鳥が巨大な足でガイアを鷲掴みにした。 「ガイアさん!」  叫ぶライトを背に、鷲掴みにされながらも表情を変えなかったガイアが腰の荷物袋から幾つかの赤い宝石を取り出す。  それを投げた次の瞬間、怪鳥の胴体や顔面のあたりが爆発した。  突如煙をあげながら中空で身体を傾けた怪鳥に驚いていると、ガイアの「今だ!」という声で意図に気付いたライトが思い切り魔力を練り上げる。 「はぁぁっ!」  勢い良く振られた剣の軌道をなぞるようにして光の刃が放たれる。  鋭く空を斬って駆け抜けたシャインカッターの刃が無防備な怪鳥の首を一刀両断した。  絶命し、落ちる怪鳥の足から解放されたガイアも背中から落ち始める。  なんとか受け身をとろうと身を捻るガイアの元へ反射的に駆け出したライトはなんとか間に合ったものの、彼の重量とその落下によって追加された威力を受け止めきれずに全身が下敷きになってしまった。 「うっ!!」 「大丈夫か?」  ガイアの代わりに下敷きになって地面に倒れたライトから身を起こしたガイアが気遣うように顔を覗き込む。 「無茶をするな」  咳き込んで返事ができないライトの背を擦りながらやや呆れた声でそう言うと、言葉に反応したライトが背を擦るガイアの腕を掴んだ。 「けほっ。……それはあなたもです」  珍しくも少し怒ったような顔のライトに言い返されたガイアは、一瞬言葉に詰まった後「そうだな」と眉を下げた。 「君ならば対応できるだろうと、説明を省いてしまった。すまない」 「いえ……」  ここはお互い様ということで、と続けようとしたライトが何かに気付いて口を閉じる。 (……つまり、ガイアさんは俺を信頼して動いた!?)  じわじわと喜びに頬が緩むのを感じ、慌てて立ち上がったライトは笑顔で言葉を続けた。 「……ここはお互い様ということで!」 「わかった」  急に機嫌が良くなったライトを不思議に思うガイアだったが、遠くから聞こえた怪鳥と同種の声に思考を切り替えてすぐさま移動の準備を開始する。  上空から捕捉されやすく危険な岩肌地帯に長居は無用と判断した二人は、やや駆け足に山を登ってゆく。  平らな斜面の足場から、ごつごつとした大きな岩がいくつも落ちている不安定な足場へと変化していった。  こうなれば怪鳥に襲われる心配はなくなる。しかし、代わりに霧が立ち込める視界の悪い道にその足取りは重くなっていた。 「そろそろ、着く頃なんですが……」  途中、急ピッチで進んだ登山にライトは息を乱しながらひとりごちる。  疲労の見えるライトの姿に休憩しようかとガイアが提案するべく口を開いた瞬間、頭上から威圧的な声が降りかかった。 「そこの者! 我らが学術都市に何用か!」    妙なエフェクトのかかった声に驚いて頭上を見ると、崖の上に張り出した物影がうっすらと霧に紛れて見える。 「妙な高い魔力反応を此方は感知している! 即刻身分を明かせ!」  拡声魔術によって煩いぐらいの音量で掛けられた声に、ライトはこの場合はどうしようかと悩む。 「……この街に入るには許可証が必要なのか?」 「誰でも入れますよ、確か」  威圧的にかけられる声を聞いて、困惑した様子のガイアがライトに確認をとる。  二人は出発前に一応確認したが、ノウレッジ・ビナーに許可証などは必要ない事は把握済みだ。  恐らく聖剣の放つ魔力の波長を何かしらの技術で察知した街の警備が様子を見に来たといったところだろう。  これ以上変に警戒されるのも避けたかったため、ライトが正直に事情を説明しようと声を張り上げる。 「聖地へ巡礼しに来た勇者です!」  返事がない事にあれ?と二人が顔を見合わせると、ややあって更に大きな声が返ってきた。 「遠すぎて聞こえん!!」  大音量の声に顔をしかめながら、二人は早くもこの街が面倒な人の集まりであるという予感に小さくため息を溢した。
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