契約と所有印

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契約と所有印

 森を抜けてすぐの場所に小さな村がある。  聖地が隠された森に隣接していることから、勇者ゆかりの地として半分観光地になっていた。  村の始まりは、魔王との戦いへ赴く勇者の支援が目的だったと聞く。そのため、僻地であるにも関わらず宿屋や雑貨屋が充実している。  ライトたちも歴代の勇者たちと同じようにありがたく利用させてもらっていた。  行きの時点で既に宿をとっていたため、迷わず宿屋へと向かう。  ちなみに「私の代で勇者様が泊まりに来てくださるなんて」と感涙した店主が無料で部屋を貸してくれたというのは余談だ。 閑話休題。  二人は借りている部屋へ戻り荷物を降ろすと、ガイアの物言いたげな視線がライトへ注がれた。 「それで、どういうことだ?」  促されるまま足早に戻ってきたため、ようやく話が聞けるといった様子のガイアに、ライトは「はい」と返事をしながら彼に向き合った。 「実は、パーティーを組んだ時点でやらなきゃいけなかったことを忘れていまして……」 「ほう?」  気恥ずかしげに頬を掻くライトに片眉を上げて続きを促す。 「勇者はパーティーメンバーに力をお裾分けできるんです。仲間になった時点でやるべきだったんですけど……」  すみません、と謝ったライトに対し、気にしていないという意味を込めて首を振ったガイアは、考えるように指を口元に添えて首を傾げた。 「つまり、君のレベルとやらの恩恵を私も受けられるようになる、ということか?」 「その解釈で合っています」 「なるほど……」  大体の意味を理解したところで、ガイアは内心好都合だと頷く。 (飛躍的に強くなっていく彼との実力差を誤魔化すのは面倒だと思っていたが、仲間も比例して強くなる仕組みならば違和感はないだろう) 「してもいいですか?」 「頼む」  ライトの指示を受けて、ガイアは言われるまま上向きに差し出された手へそっと両手を重ねた。  二人の間には聖剣が立てられており、それを挟む形で向き合っている。 「力を抜いていてください」  やや緊張した面持ちのまま、固い声音で言いながらライトがそっと重ねられたガイアの手を握り返す。  掌に彼の体温を感じながら、ガイアは力を抜くために目を伏せてゆっくり息を吐いた。  一体何をするのか。そう考えていると、重ねている掌を伝ってライトの魔力が身体に流れ込み始めた。 「!?」  思ってもみなかった現象に襲われてガイアはビクリと身体を跳ねさせ、全身に緊張を走らせる。  ライトが苦しげに眉を寄せながら「力を抜いて下さい」と訴えるが、ガイアはそれどころではなかった。  強制的にガイアの魔力回路へ接続し、ライトの魔力が無理矢理押し入ってくる。  内側からぞくぞくと広がっていく感覚に、ガイアの脈は急激に上がり、息が乱れ始めた。自然と侵入を拒むようにガイア自身の魔力が押し入るライトの魔力を押し返そうとしてしまう。  急変したガイアの容態に気が付いたライトが動揺する。その動揺が魔力の流れに影響し、更にガイアを苦しめた。  何故ここまでの反応を示すのか。  それは、種族的な問題と属性的な問題にあった。  ガイアは魔族だ。  魔族には様々な種類があるが、ほぼ全て魔法生物の類いである。  つまり、"身体の殆どが魔力(マナ)でできている"。  そして、不運か、運命か。ガイアは闇属性の持ち主で、ライトは光属性の持ち主だった。  反属性の魔力を無理矢理内側に注がれ、その上で身体に溶け込もうとしてくるこの状態は、ガイアにとって殆ど苦痛なのである。 「くっ……キツい……!」  直ぐに終わる儀式のつもりが、こんな大事になるとは思ってもみなかったライトもまた、苦しげに呻いた。  回路の接続までは上手くいったが、強い抵抗を受けて魔力がなかなかガイアに入っていかない。 「ガイアさん、大丈夫――……」  とにもかくにも力を抜いてもらわないと、と顔を上げたライトの目に映ったのは、頬を紅潮させ息を乱しながら震える手で必死にライトの手を握り締めるガイアの姿だった。  こんな状況であるのに、ガイアの乱れた姿に下腹がゾクリとしたのを感じてかぶりを振る。 「もしかして、魔力に弱いとか。やっぱりやめ」 「やめるな……!」  手を離そうと力を緩めたライトを潤んだ瞳で睨み付け、握る力を強くしたガイアが絞り出すように言葉を遮った。 (これを受けなければ、後に怪しまれてしまう……!)  彼に害する意思はない、大丈夫だと自身に言い聞かせながら「フーッ、フーッ……!」と何度も息を繰り返し必死に受け入れようとするガイアに、ライトは唾を飲み込んだ。 (大丈夫だ……落ち着け。この程度の魔力量など大したことはない。大丈夫……)  息を乱しながらも自身に言い聞かせて徐々に力を抜いていくガイア。早く終わらせてやりたいという気持ちと、このままでは彼に欲情してしまいそうで焦る気持ちを気力で抑えつけながら、ライトはゆっくり少しずつ魔力を通していく。  暫くしてようやく必要な量の魔力を注ぎ終えた頃には、互いに息も絶え絶えの様子であった。  長い緊張状態から解放されたガイアがふらりとバランスを崩しライトに向かって倒れ込む。  疲労困憊といった様子の彼の重みを受け止め、耳にかかる熱い吐息に心臓を高鳴らせながら彼を支えるように背中に手を回す。  そのささやかな刺激でガイアが小さく溢した声に気付かなかったふりをしながら、ライトは緊張と興奮でカラカラになった口を開いた。 「大丈夫ですか?」 「すまない……」  謝りながら自力で立とうとするガイアを制止してベッドに座らせる。  ベッドに座らせられたガイアは何かを抑えるように胸へ手を添え、ゆっくりと息を吐いた。 「どちらかと言えば大丈夫だ。まだ馴染んでいないように感じるが……」  まだ完全に受け入れきれていないライトの魔力が内側で蠢く感覚に眉を寄せながら小さく身を震わせたガイアにライトの表情が曇る。 「まさかこんな事になるなんて……」 「私の体質のせいだ。気にするな」 「気にしますよ」  うっすらと額に汗を滲ませて未だ苦しそうな様子を見せるガイアを気遣い、ライトがそっと掌を額に添える。  しっとりと汗で濡れたガイアの肌から伝わる体温は高い。  素肌に触れる感触にガイアは一瞬ピクリと反応を示し、瞼を伏せる。  内側に潜り込んだ彼の魔力がライト本人に反応していた。 (まさか勇者にマーキングされてしまうとは)  ある程度落ち着きを取り戻した事で、ガイアは魔族の間に伝わる文化を思い出していた。  好きな相手に自分の魔力を受け入れてもらう。そして、その魔力は相手に残り、配偶者を主張する残り香となる。  魔族に伝わる求愛行動の一種だ。  ライトは人間なので、勿論そのことは知らないのだが、結果的には同じ事だった。 (向こうの部下達が今の私を見たら大騒ぎになるだろうな)  伏せていた瞼を上げて心配そうに顔を覗き込んでくるライトへ視線を向ける。 「……すまないが、馴染むまでもう暫しの間、そのまま……私に、触れていてくれないか」  はっと息を飲み込んだライトに、ガイアはその方が馴染みが早いと言って瞼を閉じた。  気遣わしげに頬へ添えられた温かなライトの掌を感じながら、ガイアはゆっくりと彼の魔力を受け入れていく。    そんな二人の傍らで、聖剣を飾る青い結晶が淡く輝いていた。
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