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商人の街セットコクマ
ゆっくりと朝食を終えて、漸くガイアの快復を納得したライトが補充の必要な物リストを手に買い出しと出発の提案を出した。
買い出しの途中、旅に必要な所持金が心許なくなってきた事を感じた一行は、次なる目的地を商人の街"セットコクマ"に定める。
セットコクマとは、王都への中継地点として数々の商人たちに利用されてきたという歴史を持つ街だ。
またの名を"情報が集まる街"とも呼ばれている。
第二の聖地へ向かう途中の位置にあるため都合も良かった。
しかし、第一の聖地からやや離れた位置にあることから、一日は野営する事になるだろう。
暗くなってからの移動は危険だとして、勇者一行は早めに村を出た。
森から遠ざかるにつれて少しずつ視界が開けていく。
ケテルスカから第一の聖地へ向かう際に使った街道につく頃には木々が疎らになり、整備された石畳の道が遠くまで続く広々とした平原が視界に広がった。
昼にはまだ早い時刻ではあるが、既に人通りが多い。
多くの商人や旅人を乗せた馬車に、戦利品だろう魔獣を荷台に乗せて歩く数人グループの冒険者たち。時には馬に乗った巡回の騎士たちともすれ違った。
そうして整備された安全な道を進んでいくと、大きな橋が姿を現す。
それは関門としての役割を兼ねた橋であり、名を"ラダマン大橋"と言う。
初代国王の名を冠するその橋は、名に恥じぬ荘厳で堅牢な造りをしていた。
その下を流れる川も幅が広く、周囲に他の橋がないことからして、川を渡るには必ずこの橋を通る必要があるため、関門としての機能性が高い。
ちなみに、ガイアはこの関門を通る際、王都から来た冒険者と一時的にパーティーを組み仮の通行許可証をもらっていた。
関所に入り、さて通行許可証を出すかとなった時の事である。ガイアより先にライトが通行許可証を出すと、役員が驚いてもう一度目を通し、そして見事な姿勢で敬礼した。
「勇者ご一行様でしたか! どうぞお通り下さい。ご武運を」
などと言ってガイアが許可証を見せるまでもなく通されてしまった。
こんなに簡単に通されるのであれば、ここを通る事を想定して許可証をわざわざ用意しなくても良かったのではと内心やや拍子抜けしたガイアである。
橋を渡った先からは足下の石畳も疎らになり、先の街道ほどには整備されていない踏み均された道になっていた。
日が傾き始めた頃、道外れに調度良い野営地を見付けた二人は早速野営の準備を始める。
ライトがおもむろに腰に佩いていた聖剣を抜いたので何事かとガイアが身構えたところ、結界を張るという。
「この剣を中心に認識阻害の結界を張る事ができるんです」
「便利だな……」
「これがないと、魔国に入った後が大変ですからね」
よくよく考えてみればそれもそうだと納得がいく。よもや勇者が魔国で宿をとれる訳がないのにどうやって何日もかけながら毎回無事に王城まで辿り着けているのかというガイアの長年の疑問が解けた瞬間である。
「"インビジ"」
聖剣を地面に突き立てたライトが短く唱えると、呪文に反応した聖剣の核が瞬くと同時に周囲へ波紋状に魔力が走る。
ほんの一瞬の内に結界が完成した。
「それは……」
思わず溢れた驚きの言葉の続きをガイアは飲み込んだ。
(インビジはいにしえの時代に失われた魔法だ。聖剣の力だろうか?)
インビジとは、存在をかき消して隠蔽する失われた神代の魔法だ。
光属性の魔法に、光を屈折させて姿を隠す"ミラージュ"というものがあるが、それとは比べ物にならない効果を持つ。
(つまり、この剣は神々の時代に造られた……いや。創られた剣か)
「凄いですよね」
次々と浮かぶ思考に自然と表情が険しくなるガイアの様子に気付かないまま、焚き火を用意しながらやや得意気に語るライトへ、ガイアは「そうだな」と曖昧に返した。
結界のお陰で見張りを立てる必要がなくなったので、互いに隣り合って「おやすみ」と言い一時間後。
二人はばっちり目と目が合っていた。
「……眠れないのか?」
「……ガイアさんこそ」
なんとも言えない空気が二人の間を包み込む。
「大丈夫だと解っているのだが、落ち着かなくてな……」
ばつが悪そうに目を反らすガイアに、ライトも「俺もです……」と苦笑を返した。
頭ではわかっていても、初めて利用するものはやはり実際に効果があるのか不安になるものである。
どうにか寝付こうと目を閉じるガイアの耳に布擦れの音が届く。
音のした方を見ると、ライトが半身を起き上がらせて此方を見ていた。
「まだ眠れないなら、少し話をしませんか?」
話している内に眠くなるかもしれないのでと提案するライトの言葉を受けてガイアも半身を起き上がらせる。
「眠くなったら寝るぞ」
「俺も眠くなったら寝るので」
ガイアの同意を得たライトは内心喜んでいた。
眠れないならもう少し彼と話していたい。今日は一日戦闘になることはなく、割と会話を楽しみながら歩き続けたが、それなりに人通りの多い街道だったので踏み入った話などはできなかったのである。
心に芽吹いたガイアの事を知りたいという欲求のまま、自然な動作で身を寄せたライトが話し始める。
明らかに相手のパーソナルスペースに入り込んでいる距離だったが、ガイアからは特に何も言われなかったので遠慮なくそれに甘えた。
「……ガイアさんは何故旅を?」
いくつか他愛のない話をしながら、ついに気になっていた事を口にする。
ライトからの問いにやや考える素振りを見せたガイアは、ゆっくりと口を開いた。
「答えを……探している」
予想していなかった抽象的な言葉に目を丸くしたライトをちらりと見たガイアは焚き火に照らされて淡く光る聖剣へと視線を移した。
聖剣を見つめる瞳は、聖剣ではなく何処か遠くを見ているように感じる。
「元居た場所では見付からなくてな……宛てのない旅をしてみる事にした」
「……この旅で見付かるといいですね」
「あぁ……」
聖剣に向いていた視線がライトへ真っ直ぐ向けられた。
「期待している」
少し眠気が来ているのか、甘く響いたガイアの低い声にぞくりと下腹のあたりから生まれた熱を感じてライトは目を細める。
普段ならば此処で正気に返り、心の内で自問自答、葛藤するライトであったが、彼自身も眠気の影響か、熱に浮かされて正気に返ることなく地面に置かれていたガイアの手の甲にそっと手を重ねた。
「色々な所に行きましょう」
「あぁ」
「聖地を巡っていればきっと……普通は行けない所にだって行けます……」
「そうだな」
「人国だけじゃなくて……魔国にだって……、……一緒に……」
指先でガイアの手の甲を撫でながら話している内に、段々と言葉尻が怪しくなっていったライトは言葉の途中でガイアに凭れ掛かるようにして眠ってしまった。
相槌を打っていたガイアが、こつりと頭を肩に預けて眠り始めたライトを見て漸く寝たか、と溢す。寝かせてやろうと体勢を変えようとした時。ふと、何事かむにゃむにゃ寝言を言っている事に気が付いた。
「ガイアさん……」
会話の続きでも夢に見ているのだろうか。やや幼げな様子に微笑ましくなりながら改めて寝かせようとガイアがライトの身体に腕を回した瞬間、思いの外強い力でガイアに抱きついてきた。
そして、何やら「すごい」とかなんとかうわ言を溢しながら脇腹や腰、二の腕などを触り始めるので、驚きのあまり引き剥がそうとするがなかなか離れない。
「一体どんな夢を見ているのだ……!」
もはや驚きを通り越して無に至ったガイアは、仕方なく寝ることにした。
少しくすぐったいが、ようやく眠れたライトを起こすほどの事ではないのでライトをくっつけたまま横になる。
今度は楽しげに頭を撫で始めたライトの高い体温に促され、じわじわ眠気がやってきたガイアはこの奇行については黙っておいてやろう、と慈悲をかけてやることにして眠りに落ちていった。
翌朝、ガイアに抱き付いたまま目覚めたライトの上擦ったすっとんきょうな声で起床することとなる。
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