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第七話 それでも君だけは変わらない②
「これを一つに付き一、二分で組み立てていくんです。報酬は一個に付き五円くらいかな」
女性は次にキッチンを目で示し「お昼は交代で作ります。一食三百円です」と言った。
「二階は休憩スペースになっています。お見せしますね」
女性がそう言って立ち上がった時だった。不意に玄関の戸が開き、年配の女性が姿を現した。女性が「お母さん」と言った。思わず二人を見比べると、確かに面立ちが似ていた。
「まだ終わってなかったのね。それじゃ、スーパーで買い物をしてから、また来るわね」
年配女性はそう言うと再び戸外に姿を消した。恵似の女性は申し訳なさそうに笑った。
「すみません母です。母も働いていて、私の仕事終わりに合わせて寄ってくれるんです」
この時代に親がいるという事は、彼女は恵ではないのか。自信がぐらつきそうだった。
「それじゃ二階を案内しましょうか」
恵似のスタッフはそう言うと、健一を階段へと促した。急な階段の先に、二間ほどの空間があった。カーペットの敷かれた和室と、事務室を兼ねた四畳半ほどの部屋だった。
「ここは休息スペースです。お茶を飲んだり、昼寝したりする場所です」
恵似のスタッフが目で示した先には小型のローテーブルがあり、ポットが置かれていた。健一の所属する施設にも同様の部屋があったが、くつろげるような空間ではなかった。
健一はぼんやりと部屋を眺めながら、ある疑問を反芻していた。先ほど玄関に現れた女性は、恵似のスタッフの母親ということだった。
見た目は俺より少し上くらいだろう。だとすれば四十前後になる。恵が「飛ばされ」ずにあのまま年を経っていたとすれば、今は五十代になるはずだ。あの女性が年を取った恵だとしても見た目の年齢が合わない。
健一はいくつかの仮説を頭の中で捻り回した。……が、いずれの説もぴったりとパズルのピースがはまるようにきれいに収まってはくれなかった。堂々巡りする思考に疲れ、テーブルに何気なく目をやった、その時だった。
ポットの脇に無造作に置かれたあるものに、健一の目が吸い寄せられた。それは携帯電話だった。ピンク色の何の変哲もない電話だったが、健一の興味を掻きたてたのは本体ではなく、本体につけられたストラップだった。
あれは……あの時俺が持っていたものと同じデザインだ。
それは、オリンピックの五輪マークを模ったキーホルダーだった。ホルダー部分はさすがに今風に変えてあるものの、1972という表記と見た目の古び具合から考えて、復古商品ではなくあの頃の物に違いなかった。
「へえ、こりゃ懐かしい」
女性スタッフが振り返った。健一が手にしている物に気づくと、女性の目が丸くなった。
「あ、それ、私の携帯です。忘れて帰るところだったわ、危ない危ない」
どことなく芝居めいた態度の女性スタッフに、健一は携帯電話を手渡す仕草をした。女性スタッフは手を伸ばしてきたが、健一は女性の手に届く前に動きを止め、手を引いた。
「……このストラップを、どこで手に入れました?」
女性スタッフの表情がにわかに険しくなった。怒っているようには見えなかった。
「お母さんからもらった、というわけでもなさそうですね」
「…………」
「やっぱり、君は恵だったんだな。どうして若いままなのかはわからないが」
女性スタッフはしばらく沈黙していたが、やがて意を決したように口を開いた。
「ええ、そうよ。健一。気づかないふりをしてごめんなさい。これには色々と訳があるの」
「聞かせてもらっても、構わないかな」
「……しかたないわね。下でゆっくり話しましょう。何しろ久しぶりの再会ですものね」
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