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第三話 僕らには動機がある①
店内は暖房の熱気とラム肉の甘い匂いでむせるようだった。
「オリンピックに」
少し考えて、恵が言った。健一も「オリンピックに」と言ってグラスを掲げた。
グラスを合わせると、恵はビールをあおった。それほどビールは好きじゃない、と知り合って間もないころ恵から聞いた記憶があるが、好みが変わったのかもしれない。
「不思議な街だな、ここは。よそよそしいようでいて、あんなに大きな雪像をあっという間に作り上げる団結力も持っている。まるで熱を体内に溜め込んでいるようだ」
「そうね。そういう面はあるかもしれない。私も、昭に会わなかったら誰かと戦おうなんて思いもしなかったでしょうね」
「小田切は、ほとんど酒を飲まなかった。にもかかわらず、最後に奴のそばにあったのはブランデーの小瓶だった」
煙の向こうに恵の困惑したような表情が見えた。再会にふさわしい会話ではなかった。
「ブランデーは、私の部屋に元々あったの。警察には色々と聞かれたけど」
「青酸も?」
恵は険しい表情になった。小田切の死因となった青酸カリはブランデーの小瓶に入っていた。青酸が最初から仕込まれていたのか、小田切が持ち込んだのかは不明だ。
「青酸も、私が自分のために持っていた物よ。以前、精神的に不安定だったことがあって、いつでも自殺できるように持っていた物なの。それを小田切が飲んでしまったというわけ」
「小田切は君が青酸を持っていることを知っていたわけだ」
「そうね。彼が部屋に来た時、うっかり喋ってしまったことがあるわ」
「奴がそれで死ぬことを期待して?」
「……だとしたら、どうする?」
恵は悪戯っぽい表情で健一の顔を覗き込んできた。健一は用意した言葉を喉元で飲み込んだ。僕は誰にも言わない、死ぬまで二人の秘密だ、そう言うつもりだったのだ。
「あいにく、そこまで持って回ったたくらみはしてないわ」
恵はあっさりと言った。健一は大きく息をついた。内心、ほっとしてもいた。
「じゃあ、やっぱり自殺なのかな」
「どうかしら。……あなた、小田切を殺した?」
「いや。……君は?」
「私は殺してない。……話が振り出しに戻ったわね」
「ほかに心当たりはないのかい、小田切と対立していた人間に」
「蓑島さんのこと?……確かに、革命が成功して、自分リがーダーになったらつきあってくれとは言われたけどね」
健一は頷いた。この話をするために札幌までやってきたと言ってもよかった。
「二択になったわね。自殺か、あるいは彼に犯行が可能だったか」
「普通に考えれば、自殺だろうな。部屋に鍵がかかっていたんだから」
「こっそり合鍵を作っていたのかもしれないわよ」
「君の部屋の?そこまで君に入れ込んでいたのなら、革命よりよほど殺人の動機になるな」
「本人に直接、聞いてみたら?実はね、蓑島君も明日、札幌にやってくるみたいなの」
「なんだって。あいつも来るのか?……いったい、何のために?」
「わからないわ。小田切の話をするには決まってるけど」
「罪の告白か、それとも……」
恵が真犯人だと思い込んでいて、俺と同じように交際を迫ろうとしているか、だ。
「結局、組織の再生はあきらめたってことのようね」
「あいつにやらせたって同じさ。議論に嫌気がさしてバラバラになるに決まってる。少なくとも蓑島みたいな人間には、あれだけの人間は動かせない。頭が良いだけじゃだめさ」
健一は蓑島の怜悧な横顔を思い浮かべながら言った。組織は理論だけでは動かせない。
「蓑島が魅力を感じたのは小田切の人となりじゃなく、むしろ奴が集めた兵隊の方だったんじゃないかって気がする。そういう要領の良さを感じるんだ」
「そうね。それ自体は別に悪いことじゃないけど、小田切にしてみれば裏切りのように思えたかもしれないわね」
「つまり、殺害の動機はあると?」
「私にだってあるわ」
それを言うなら俺だって、と健一は言いかけ、恵の眼差しが急に険しい物になったことに気づいた。そして直感した。殺害犯ではないかもしれないが、恵は何かを隠している。
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