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第三話 僕らには動機がある②
「ひとつ君に聞きたい。蓑島は君に告白したのか?」
「あなたと同じように?」
「そうだ」
「告白めいた言葉は、何度か聞かされたわ。ただ、あの人は慎重と言うか、プライドが高いから答えを迫るような言い方はしなかったわ。いつもほのめかすだけで」
「傷つきたくないんだろう。それに組織への未練もある。君に断られたら居づらくなるだろうからな」
「そうね。わたしもできれば気づかないふりをしていたかった。でも……」
「小田切が疑い始めたんだな」
恵は頷いた。表面上は同志として振る舞っていたが、小田切の自分たちを見る眼差しが日増しに険しくなっていくのを健一は感じていた。
たまたま小田切がいない時に恵と話していて、盛り上がっているときに小田切が現れたりすると、恵に対し燃えるような嫉妬の眼差しを向けるのがはっきりと見て取れた。きっと蓑島も同様の経験をしていたのに違いない。
「実は、俺には小田切の自殺を疑う理由があるんだ」
「なに?」
「あいつが亡くなる数日前、俺に言ったんだ。恵が浮気しているかもしれない、と。つまり俺に対する探りの意味もあったわけなんだが、俺は友人のふりをして聞いていた。すると奴はあいつの部屋を探してみようと思う、何か証拠が出るかもしれないと言った。俺はやめておけ、むなしくなるだけだと言った」
「まさしくそうね」
「だがその後、俺がもし何か怪しいものが出てきたらどうするんだ、と聞いたらあいつは即座にこう言ったんだ。恵と納得ゆくまで話をするつもりだ、と。どんな奴が誘惑しようと俺はあいつを手放すつもりはない、ともね」
「…………」
「おかしいだろう?あの日、もし小田切が君の部屋で何かを見つけたとしても、それはあいつにとって覚悟の上だったはずだ。ショックで死を選ぶとは考えにくい。蓑島がこっちに来るというのも、そのことが気になっているからかもしれない。
俺と蓑島には小田切を殺害する動機がある。そして俺にも奴にも確たるアリバイがない。このまま小田切が自殺かどうか確定しなければ、ずっともやもやを引きずることになる」
「人は思いもかけない理由で死んだりするものよ」
「そうかもしれない。だが、だとしたらなおさら、君にとって小田切の死はショッキングな出来事だったんじゃないか?それなのに君は、東京に戻ろうとはせず、俺や蓑島に疑いの目を向けもしない。なぜだ?」
「それは……ショック以上に、もう小田切の事を思い出したくなかったからよ」
「どういうことだ?」
恵は大きくため息をつくと、重い口を開いた。
「あの人は、死ぬずっと前から、私の事を疑っては死んでやると言う口上を繰り返していたの。だから彼が私の部屋で死んだと聞いたとき、思ったわ。きっと、お芝居の練習をしていてしくじったんだなと」
「つまり、奴の死は自殺の芝居をしている最中の、事故だったと?」
「私はそう思っている」
「警察には話したか?」
「話したわ。納得してもらえたかどうかはわからないけど」
「つまり今までは狂言で、今回だけは本当に毒を飲んだ、と?」
「そうなるわね。何しろ実際に死んでしまったわけだから」
「ふうむ。すっきりしないが、そういう決着なら仕方ない。俺にしてみれば事故でも自殺でも、ようするに疑いが晴れればいいわけだからな。……蓑島には、今の話はしたのか?」
「まだよ。きっと彼もあなたと同じような質問を私にぶつけてくるでしょうから、その時に言えばいいと思ってる」
「蓑島が知っていることを提供したところで、俺たち三人の見解が出そろうわけだ。事故か、自殺か、それとも……」
「私たちの誰かが殺した、か?」
「そうなると東京にいた俺か蓑島になるぜ。君が念力で殺したとでも言わない限りはな」
「案外、私が呪い殺したのかもよ。北海道から念を送って」
「なるほど、そうなりゃ、前代未聞の完全犯罪ってわけだ」
話が、徐々に非現実的な方向へとそれていった。恵の話を全て信じたわけではなかったが、これ以上、追及したところで決定的な告白が出てくるとも思えなかった。
「俺も、立ち会わせてもらえるんだろう?蓑島との再会の場に」
「そうね。でもあなたがいたら、蓑島は警戒するかもしれないわ」
「それじゃ、僕は近くに隠れていようか。うまくいけば蓑島の自供を聞けるかもしれない」
恵は眉を潜めた。言い過ぎたかな、と思い、健一は口を閉ざした。それから小一時間ほど飲んだ後、連れ立って店を出た。恵にビジネスホテルをいくつか教えてもらい、公衆電話から宿泊を頼んだ。雪まつり期間中という事もあり、部屋が取れたのは一軒だけだった。
北二十四条駅のホームで健一は、時間が決まったらホテルに電話をくれ、と言った。
恵は頷き、わかったわと言った。やがてホームに地下鉄の車両が滑り込んできた。
「こんなに遠い所ま来てくれてありがとう」
「確かに遠いな。でもいずれは新幹線が通って、東京との距離も縮まるだろうさ」
「そうね。二十一世紀くらいになれば、そういう事もあり得るわね」
二十一世紀か。それまで生きてるかな。健一は冗談めかして言うと、車両に乗り込んだ。
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