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コンビーフとマヨン・ネーズ
ホームでの初めての夜。
わたしは自分が思うよりもすんなりと眠りについていた。
衣服が最初に着ていた服とコックコートしかなく、下着も替えがないためわたしは裸でベッドにくるまっていた。
お風呂のときは覗き見を心配していたくせして、自分でもわからないほどにわたしは無警戒であろう。もしヨハネが夜這いを仕掛けていたらわたしには成す術がなかったのだが、わたしはそんな可能性も考えずに熟睡していた。
「アマネ! 朝だよ」
時計がないので時間はわからないが、夜が明けるとヨハネの声にわたしは起こされた。
着替えて部屋をでて時計を見ると朝の五時で、一般人としては早起きだがパン屋としてはそう早い時間でもないだろう。
「早いわね」
「そういうアマネこそ。パン職人を名乗るだけの事はある」
「とりあえず軽く朝ごはんにしましょう」
お出掛け前ということで奮発したわたしは貴重なコンビーフを空けると、それとマヨネーズを和えてフィリングに仕立てた。
塩や胡椒はあえて加えず味付けは口当たりを滑らかにする目的も含めたマヨネーズのみ。シンプルだがヨハネのパンの味便りだ。
「後は焼くだけね。ヨハネ、オーブントースターはあるかしら?」
「オーブン?」
「このパンを温めたいのよ」
わたしは昨日のパンにコンビーフマヨのフィリングを挟んだそれをヨハネに見せた。
「軽く焼き直すのなら窯を使うといい。電気式だから細かい調整も出来るんだ」
「では千ワットで三分ほど。お願いできる?」
「それくらいはお安い御用さ」
ヨハネに渡した四つのパンが窯に投入されて待つこと三分、熱々に加熱されたフィリングは強い匂いを放ち始めた。
「良い匂いだね。あの挟んだものは何だったんだい?」
「コンビーフとマヨネーズを和えたものよ。ジャポネには無いのかしら」
「コンビーフは知らないけれど、マヨネーズというのはアレだろうね。この国ではマヨン・ネーズと呼ばれているソースさ。アルザス発祥の調味料で卵と油を混ぜて作る……」
「やっぱりあるんだ、マヨネーズ」
「言葉がだいたい同じように、異世界とはいえだいたい同じものが生まれるのが世の常らしいからね。昔聞いた話ではシンクロニシティとかなんとか」
「なるほどね」
やはり漠然と思っていたように、日本にあるものの大半はジャポネにもあるそうだ。コテコテの異世界転生みたいな異世界知識で大立ち回りなどという甘い考えは出来ないものだなと思いつつ、わたしは窯から焼き上がったパンを取り出す。
「それにしても、朝から四つとは食欲旺盛だね」
「何をいっているのよ。半分はヨハネのぶんよ」
「僕の? 僕はもう済ましたから平気だって。そのパンはアマネにあげたものなんだし、遠慮なく食べてほしいというか」
「そう言うことならわたしの好きなようにしても良いじゃない。だからヨハネ……あーん」
わたしは一口で良いので彼に食べてもらいたい一心で、焼き上がったパンをヨハネの口に向けた。
せっかく彼のために作った朝食なので、彼にも食べてもらいたいのが人情だろう。
後で思い返すとちょっと恥ずかしい態度で詰め寄るわたしはヨハネに密着しておりちょっと大胆だった。
「あ、あーん」
わたしの態度に観念した様子のヨハネが口を開くと、わたしはパンを優しく押し込んだ。
そのまま口で受け止めたヨハネはパンにかじりつき、パンの身とコンビーフマヨフィリングを噛みきった。
「んもぐ……!!!」
熱したマヨネーズとその油を吸って湿り気を得たコンビーフから染み出たうま味の汁がパンに染み込んで、咀嚼によって絡み合っていく。
口のなかに広がるこってりとした味にヨハネも満足げな顔である。
「ごくん。ビーフというから牛肉かと思ったけれど、なにか違う肉のようだね。だがこれがマヨン・ネーズとよく合う」
「わたしも詳しくはないけれど馬肉で作るそうよ。ちょっとパサパサしているのが逆にマヨネーズと相性バッチリというのも不思議な食べ物だけれど、わたしは昔からこれが好きなのよ。それにこれはヨハネのパンが美味しいからこその味よ。だからありがとう」
「どういたしまして」
すこし行儀がわるいものの、ヨハネに続いて味見をしたわたしは予想通りの美味に感嘆した。
マヨネーズだけでの味付けでもパンが美味しいから上手くマッチしている。これが平凡なパンならば他の味でフィリングとパンのバランスを調和する必要があるだろうなとわたしは思う。
「さあ、残りは食卓で食べましょう」
わたしは食卓までヨハネを引っ張ると、ふたりでこのパンを頬張った。
昨夜のヨハネはわたしの前では食事をしなかったので、こうしてここで向かい合って食事をするのは初めてである。
なんだか恋人同士の朝のようだなとコーヒを飲みたい気分になるが、そこは水で我慢するより他にない。
時刻はそろそろ五時半を回る。
遠くまで出掛けるのにはちょうどよい頃合いであろうか。
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