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「瀬名先生さよーならー!」
「おー気をつけて帰れよー。」
駐車場に着いた時、部活終わりの剣道部員たちに声をかけられた。期末試験も終わり今は終業式まで自宅学習になっているので、学校に来るのは部活動の生徒ばかりだ。
「先生も気をつけてくださいねー!」
「おーサンキュー。」
はしゃぎながら手を振って笑い合う生徒たちは、高校生といってもどこか幼さが残る。
生徒を見送ってから車に乗った。
大学を卒業して高校の美術講師となり非常勤で何校か転々としたが、3年前にあるツテで今の私立高校に来てから常勤としてここに落ち着いている。
待遇も良く、職員の人柄もみんな穏やかで心地よい。
県の少し外れにあるこの町は空気が綺麗だ。自然が多く、家の近くで野生のキジもよく見かける。小川にはたくさんの魚が泳いでいて流れる水は冷たく美味しい。
車で30分行けば海、45分ほど行けば山がある。古い建物が多くそこら中に神社やお寺がある。
学校から家へはだいたい20分ほどで、スーパーも家から徒歩で5分の距離なのでかなり便利だ。
田舎でも何一つ不自由はない。
今日は仕事が早く終わった。顧問をしている美術部は、3年生は卒業し2年生は修学旅行、1年生はかわいそうなことにインフルエンザで休みだった。
とは言ってもこの時期、美術部員はそれぞれ来年度のコンクールに出す作品の準備を早めに始めている生徒しか来ないので美術室にいても生徒が来ない日も多い。
そういう日は時間になるまで美術室で一人で絵を描いたりしている。
「それにしても寒いな。」
夕方から急激に冷え込み空気が肌を刺すようだ。
車のエンジンをつけ、窓を開けてタバコに火をつけ、いつも通り一息ついてから家へと車を走らせる。
毎日車の中で晩飯を何にするか考えるのは面倒で嫌いだった。
ただ息をして生きていけたらいいのになぜ空腹はやってくるのだろうか。一食分の栄養が取れるサプリでもあれば毎日それでいいのに。
「また週末にカップ麺でも買い込むか。」
栄養が偏っても今はもう誰も心配する人などいない。
大切な人を失うことが怖くて三年前からは特別な人をつくる気にならなかった。
ーーいや、なれない。
「え?」
突然頬に冷たいものが触れた。窓から顔を出して空を見上げると、雪がハラハラと落ちてきている。
「またこの時期か...。」
この辺では滅多に雪は降らないが、たまに急激に冷え込んだ日なんかは少し降ることがある。
そして風が強く雲が流れると、雪と一緒に月を見ることができる。
とても幻想的な美しい空だが俺は嫌いだった。
あの日を思い出すから。
そして思い知らされるのだ。
自分はこの世界で独りだということをーー。
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