(50)新たな疑惑

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(50)新たな疑惑

 天輝達が魔王討伐の小芝居を行ってから、ちょうど二週間後。家族からの呼び出しを受けて、伸也がやって来た。 「ええと……、こんばんは」  神妙にリビングに入ってきた伸也を、天輝達が出迎える。 「どの面下げて来やがった。ど阿呆が」 「まあまあ、そう言わずに。改めて、きちんと異世界召喚回避のお祝いをしようって、場を設けたんだし」 「それに、お父さんとお母さんに、レイナさんを紹介する場でもあるんだから。あれ? そう言えばレイナさんは? まだ車にいるの?」  不機嫌そうに悪態を吐いた悠真を、天輝が宥める。それを横目で見てから、海晴は単身現れた伸也に怪訝そうに尋ねた。すると伸也は、口ごもりながら告げる。 「それが、その……。今、会社の経理処理が滞っているのと、例の向こうの世界からの移住者の世話で、どうしようもなく立て込んでいて……。『改めてご挨拶に伺います』と伝えてくれと、レイナに手土産を持たされた」  そう言って恐る恐る大きな紙袋を差し出した伸也に、兄妹達から辛辣な声がかけられる。 「そんなの伸也がやりなさいよ!」 「そうよね。むしろ伸也じゃなくて、レイナさんに来て欲しかったわ」 「使えない社長だ。何かあったら、捨てられるのは確実にお前の方だな」 「酷いな。それが兄妹の物言いかよ」  非難の大合唱に、伸也が情けない声で愚痴る。そんなやり取りをしていると、和枝がリビングにやって来た。 「皆、お待たせ。夕食の支度ができたわよ。あら? あなた達だけ? 伸也、レイナさんを連れて来るんじゃなかったの?」  他の子供達から話を聞いて、未来の義理の娘に会えるのを楽しみにしていた彼女は、不思議そうに室内を見回す。 「多忙で、今日出向くのは無理だそうだ」 「伸也の尻拭いをしているみたいね」 「私、伸也達が夫婦喧嘩したら、無条件でレイナさんの味方をする」 「私もそうしようかしら」 「母さんまで酷いな⁉︎」 「ところで、お父さんがどこにいるか知らない?」  もう一人の不在者について和枝が尋ねると、その場全員が困惑した視線を周囲に向けた。 「あれ? そう言えば、少し前までここに居たと思っていたが」 「トイレじゃないの?」 「あ、戻って来た。お父さん、食事の用意ができたって」  そこでタイミングよくリビングに戻ってきた賢人に、天輝が声をかけた。すると彼は、何とも言えない微妙な表情で言葉を返す。 「その……、天輝?」 「うん、何? お父さん」 「これを……」  真顔で差し出された物を目にした天輝は、本気で困惑した。 「え? これって、鋏? これがどうかしたの?」 「だから……。念のためしばらくの間、これを肌身離さず持ち歩いた方が良いんじゃないかと思うんだが……」 「………………」  いかにも自信なさげに、言いにくそうに賢人が口にした途端、室内が不気味に静まり返った。しかし次の瞬間、真っ先に我に返った天輝が盛大に問い返す。 「ちょっと待って、お父さん‼︎ まさか、また予知⁉︎ どうして⁉︎」 「だってもう異世界に、召喚されないでしょう⁉︎ あんなに大袈裟に魔王討伐の芝居をしてきたのに‼︎」 「それにそろそろ時期的に、召喚期間が終わる頃なんだよな⁉︎ それもあって、今日無事を祝おうとしていたのに」  天輝に続いて悠真と海晴も、同様に血相を変えて父親に詰め寄った。対する賢人は、困惑した表情のまま正直に告げる。 「確かに、これまでの記録や経験からそうだと思うんだが……、俺にも意味が分からないんだ」 「何なんだよ、それはっ‼︎」  悠真が父親に対して怒声を放っていると、ここで伸也が控え目に口を挟んでくる。 「あのさ……。ちょっと今思いついたというか、閃いた事があるんだけど、言ってみて良いかな?」 「昔から、お前がそんな顔で言い出す時はろくな事じゃなかった気がするが。とりあえず言ってみろ」  色々な意味での問題児である弟を軽く睨みながら、悠真は嫌そうに話の続きを促した。すると伸也は、慎重に口を開く。 「天輝があの世界に召喚されるのって、俺たちと共通のご先祖様から受け継いだ能力っていうか体質のせいだと、これまで思っていたんだけどさ……」 「分かりきったことを口にするな」 「話はこれからだから! だけど天輝と海晴って、これまでのパターンからするとイレギュラーだろ? 双子なのもそうだけど、片方が霊力の供給元で片方が霊力の消費者って、ちょっと意味が分からない」  ここで反射的に、天輝と海晴が口を挟む。 「聞けば聞くほど理不尽よね」 「私のせいじゃないわよ」 「くどい! さっきから何が言いたいんだお前は!?」  悠真が思わず声を荒らげたが、伸也はそれには構わずに真顔でとある推論を述べた。 「天輝と海晴って俺達と繋がる母方だけじゃなくて、もしかしたら父方からも異世界由来の能力や、召喚体質を引き継いでいるって可能性はないかな?」 「…………」  予想外の指摘に、その場全員が押し黙った。その微妙に気まずい沈黙の中、伸也が困惑気味に話を続ける。 「あのさ……。よくよく考えてみるとおばさんの話は良く聞いているけど、おじさんやそっちの親戚の話は聞かないなぁと思ってさ。どんな人というか、どんな生い立ちの人だったかなぁと、今更ながら思ったんだけど……」  その問いかけに天輝と海晴は怪訝な顔を見合わせ、子供の頃に早世した父親について、自信なさげに考え込んだ。 「ええと、お父さん? 別に普通の……。ねえ、海晴? そうだよね?」 「そうよね……。確かにお母さんより印象が薄かったけど、平々凡々の……」 「親戚と言われても……。確か、成人する前にお父さんの両親は他界して、兄弟もいなくて天涯孤独だった筈よね?」 「近い親戚とかも皆無だったから、親が死んだ時に母方のこっちでお世話になることになったくらいだし……。そうよね、天輝?」 「うん、その筈」 「でも、まさか……」 「本当に、お父さんまで異世界関係者だったの?」 「それも、俺達が関わってきた世界とは別の異世界。今度はそっちに呼ばれているとか」 「…………」  控え目に裕也が口にした内容を聞いて、再度室内が静まり返った。 「伸也……。まさか、母方と関係がある異世界への召喚時期は過ぎたけど、今度は父方と関係がある異世界から召喚される可能性があるとでも言いたいの?」 「うん、まさにその通りだけど……、あ、おい、天輝?」  いきなり目の前で床に崩れ落ちるように座り込んだ天輝に、伸也は僅かに動揺しながら声をかけた。すると天輝は床に両手をついて項垂れながら絶叫する。 「そっ、そんな面倒な体質なんて嫌あっっ————っ‼︎ そんなの要らないわよう————っ‼︎」  そんな彼女を、家族総出で宥めにかかる。 「おっ、落ち着け天輝! 今のは単なる推論だから! 根拠なんか、何も無いんだからな!」 「それにこれからは、私も一緒に暮らすし! 万が一の事態、色々備えておくから!」 「先見の能力と言っても、異世界召喚に関することだとは限らない曖昧なものだし、なにかの間違いかもしれん。しばらく様子を見よう」 「そうよ。単に今後、天輝が出先で鋏がなくて困る事態があるだけのことかもしれないし」 「いや、母さん、それ楽観しすぎじゃない?」 「お前が言うなああああっ‼︎」  うっかり口を挟んだ伸也を家族全員で盛大に怒鳴りつけ、桐生家の久しぶりの家族揃っての団欒は、一挺の鋏によってぶち壊しになったのだった。                               (完)
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