プロローグ

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プロローグ

 その時、高梨天輝(あき)の眼前、もっと正確に言えば眼下には、雪が積もった険しい山岳地帯が広がっていた。 (またこれか……。こんな山脈を見るのは初めてだけど、毎回凄くリアルだなぁ……)  子供の頃から何度となく非日常的な光景を夢に見ている彼女は、普通目にする事が不可能な様々なパターンの景色を、素直に受け入れていた。  当初は二卵性双生児の妹、海晴(みはる)に夢の内容を嬉々として話していたものの、数年前に妹が家を出てからはそれを誰にも話す事は無く、天輝だけの密かな楽しみとなっていた。    (うわ……、海が見えてきた。あ、凄い! 氷山だよね、あれ!)  視界一杯に広がる景色は移動するに従って徐々に景色が変わり、現れた氷に閉ざされた厳冬海の光景に、天輝のテンションも上がる。 (毎回、この夢って何なのかしら? でも鳥の視界みたいなアングルで、行った事のない場所の珍しい景色を見られるから、お得だけどね。悪夢とかじゃないから、全く実害は無いし)  そんな事を考えているうちに次第に視界がぼやけてきた事で、天輝は自分が覚醒し始めた事を自覚し、少々残念に思いながらもそれに抵抗はしなかった。 「……ふぁあ、良く寝たぁ。また素敵な景色を見られたし、なんだか良い事がありそうだよね」  すっきりとした寝覚めを迎えた天輝は、布団の中で満足げに呟いてから、鳴り響く直前だった枕元の目覚まし時計のタイマーをオフにした。そしてベッドから下り立ちつつ、何気なく壁に飾ってある複数のパネルに目を向ける。  それらは高校卒業後に専門学校へ進み、既に写真家として独り立ちしている海晴から贈られた物であり、数多い妹の作品の中でも天輝のお気に入りの風景作品群だった。 「世界中飛び回っている海晴だって、ああいう景色は見られないだろうし。今日も頑張ろうっと」  天輝は何気なくそれのパネルを見ているうち、妹の所在に思いを馳せる。 「そう言えば海晴、今頃どこに居るのかな? この前帰ってきた時は『次は北欧に行く』とか言っていたけど、その時その時の気分であっさり行き先を変えるから、全然当てにならないし……。本当に、まともに連絡をくれる方が少ないんだから。こっちは結構心配してるのに」  困った事だわと最後は溜め息を吐いた天輝は、すぐに気を取り直して着替えを始めた。  それは全く代わり映えしない、いつも通りの朝の光景だった。
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