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不純時空間交遊
バタフライ効果を知っていますか?ほんの些細な出来事が大きな結果を生み出す現象のことです。
今からあなたを犠牲にして説明します。
あなたは道の上の石につまづいて転びました。石が後ろに3cm動きます。その日たまたま通りかかったある男の子がそれに再びつまづき転びました。3cm前にあれば転ばなかったようです。男の子は頭を打って死にました。
もし彼が50年後総理大臣になる人物だったとしたら?
そんなこと知らないよって思いますよね。そうです、あなたは悪くありませんよ?あなたがしたことといえば…うーんと、石を動かしたこと、そして
「並行世界を作り出したこと、ただそれだけのことですから。」
ベッドの上で独特な感覚に包まれながら眠りにつくと、暮れかかる空、巨大な惑星、そして465億光年の広大な宇宙の見取り図を進む旅が始まった。皆さんご存知「夢」である。光速で進む中でかつてない幸福と不安に板挟みにされる感覚を味わっていると、突如物凄い轟音が鳴り響き、まばゆい光が全身を駆け巡った。
………なんだかよく分からないが足で地面に立っているようだ。先程の浮遊感はない。
「んー……どこだ?ここ。ま、眩しい。
ドライアイにはきついな。」
気付くと見覚えのない美しいオレンジ色の灯が光る街の道に立っていた。
ピーピー!!! たくさんの人と、クラクションを鳴らす車に似た物が右往左往している。光が灯っているそれをよく見ると、文字が書いてある。[からあげ弁当] か。 建物のスクリーンには大きな人が映っていた。たくさんの巨大建造物。材質は建物としては珍しいコンクリートのようだ。建物一つ一つが独立し天高くそびえ立っている。
彼は、あまりの情報量に頭がパンクしそうになる
「……なんてきれいな景色だ…でもなんか既視感があるんだよなー、例えば…… 」
見るもの聞くもの新しいものばかりの謎めいた世界だったが、ある物が視界に入った途端、注意が一気にそれに向いた。
ーーー彼は、不思議な服を着た美しい女の子がこちらに歩いてくるのを見た。息を呑むほど美しかった。多分次に起こるハプニングがなければ彼は声をかけられなかっただろう。いきなり緊急事態の発生だ。なんと体が薄く透けていってるではないか。これまで一度も好きな人もできたことがなかった彼は夢の幻想に思いをのせて叫んだ。
「「す、好きだぁぁあぁあ!!!!!!」」
……………目が覚める。さきほどの夢とは打って変わった急な現実感に一人の男子高校生はがっかりした。
家族がこちらに走ってきて「どうしたの。急にすみません!なんて謝るからびっくりしたよ。朝ごはんできてるから。」
「あーーー……そうだった。僕は平凡な高校生でした。はぁ。それにしてもあれ絶対聞こえてなかったな…………」
背伸びをしながらそうつぶやいた。僕の声が聞こえたかどうかは定かではない。ただ彼女の反応を確認する前に目が覚めてしまった。
彼は御琴エムヤ。大東京帝国首都の住人である。
やっと来た夏休み。期間は日本帝国共通で梅雨から7月末までの一ヶ月と少しだ。暑かったため一晩中つけっぱなしだった冷房を消して、カーテンを開けると、いつもの景色だった。
縦横5キロメートルはある巨大建造物の群れ。その一つ一つが街である。建物の中にはオレンジ色の幻想的な光が灯り、魚の卸売市場や子供の遊戯場、広場、居住区、あらゆるものがあり、あらゆるものがこの建物の中で各々の営みをしている。
エムヤは大東京帝国首都三番街9丁目の家のベランダから街を見渡すように言った。
「あの女の子がどうしても頭から離れない。
僕、二次元にしか興味なかったはずなのに」
天使と見間違うほど美しい少女。どうやらエムヤの初恋の相手が決まったようだ。夢の中なのに。やっぱり車はちゃんとキャタピラで道を進んでいた。やはりここは紛れもない現実の日常風景のようだ。
「ただ妙なのが、あの衣装だよ。えーと、腰から膝までひらひらした布みたいなのを履いてて、服は…胸の辺りにリボンがついてたな。あれが可愛さを強調させてたな…………何より変なのが一緒に歩いてた女の子も皆同じものを着てたことだ。」
「なんだそりゃ、僕たちの世界の高校生なんて家でも学校でも普通にパジャマなのにな!どうも不思議だ。夜しか眠れない。」クラスのオタク仲間もこのように言った。
伝えたい、好きという気持ちを。
そんなわけで夢の中に見たことのない少女が見たこともない服を着て出てくることを不審に思ったエムヤは高校生にして夢違科学(夢専門の脳科学)をひとりでに専攻し、夢が並行世界、すなわちパラレルワールドと繋がっていることをただ一人発見したのだった。弱冠17歳での快挙である。
様々な理由でその後もエミヤは未だに恋人がいない始末である。
エムヤは名門の帝国大学で研究を続け明晰夢(夢の中で自分の意思で動ける夢)を見ることができるようになり、そして遂には他人が見ている夢に移動できるようになった。
エムヤはひたすら明晰夢を見ては、夢の特徴や法則を見つけていった。
「これも全てただ一人の少女、いやもしかするともう立派な大人の女性になっているかもしれないあの人のためだ」
「ほんとにそんなやついるのか?」
「分からない。ただ、どうしても会いたいんだよ」
日々研究に没頭する。朝も夜も幻想の中。そして今日も研究と彼女のためにエムヤは眠る。
この夢はおっさんが空を飛ぶ夢のようだ。
「こうしてみると、夢ってのは欲まみれだな」
空を飛んでいたおっさんが降りてくる。
「おい勝手に人の夢に入ってきて指摘とかしてんじゃねぇよ」
聞こえていたらしい。
「さ、さーせん。」
エムヤは夢についていくつかの特徴を発見した。
❶夢は人の見る想像の夢だけでなく数学や科学などの様々な概念を含む情報の世界であること。
❷夢の中にいればいるほど段々と時間感覚がなくなっていくこと。
❸何にでもなれるという夢の性質上、もとの自分を忘れやすくなってしまうこと。
❹夢の中では、現実世界の数倍、顔を覚えられにくくなってしまっているということ。
エムヤは様々な想像、概念を行き来し、夢の邪魔をされ不機嫌な住人に謝りながら一つだけあるであろう並行世界へのドアを探し続けた。
「たとえ運命が二人をすれ違えても」
好きだったアニメのセリフを言いながら。
ーーーー異変を感じたのは2022年の夏だった。
ご飯が全く喉を通らないのだ。ポテチですらも。エムヤはやせ細っていった。夢、ゆめ、ユメ。完全に夢に囚われている。頭も常に髪の毛を引っ張られているような痛みだ。辛い。
家族や友人の心配する声に耳を傾けることなく、ただ自らの欲望の為に夢の研究にのめりこんでいった。……………
バタッ……………………………
「緊急救命車呼べ!!!」「やばいやばい」
「おいエムしっかりしろ!」「ぁあああ!!」
会場はパニックになる。
彼は無理して出席した高校の同窓会でとうとう倒れてしまったのだ。
医者には重度の不眠症と診断された。
これまでに見たことのない症例だという。
「全国から腕に覚えのある医者を15人以上用意しろ!!!」
エムヤは緊急手術に入った。
30時間にも及ぶ大手術。
皆の泣く声が外でかすかに聞こえる。迷惑かけてごめん。
「手は尽くしましたが……………」
たくさんの友人と家族がおみまいに来てくれていたにも関わらず、エムヤは美しい夏の日に
「この世を去った。」……………………
突如来る謎の浮遊感。壮大な景色。轟音、光。そして……
オレンジ色がエムヤを照らす。一体何年たったんだ???
…………「どこだ?ここ。ま、眩しい。
ドライアイにはきついな。」
気付くと見覚えのある美しいオレンジ色の灯が光る街の道に立っていた。
ピーピー!!! たくさんの人と、クラクションを鳴らす車に似た物が右往左往している。光が灯っているそれをよく見ると、文字が書いてある。[からあげ弁当] か。 建物のスクリーンには大きな人が映っていた。たくさんの巨大建造物。材質は建物としては珍しいコンクリートのようだ。建物一つ一つが天高くそびえ立つ。
エムヤは並行世界の壁を突破していた。
「………………………」
「そうだったのか………………………」
エムヤは数分遅れて理解した。
実は並行世界に行くための条件は自分の世界の自分の魂が完全に消失することだった。
エムヤの世界においてエムヤの魂を完全に消失したとき、並行世界にエムヤの魂が相補的に出現した。これは並行世界同士が物質的バランスを取るための現象である。そして並行世界は同じ過去から分岐した世界なので共通点がある。
エムヤはこの世界の車はキャタピラの代わりにタイヤという4つの車輪で走っていることを知った。
ここは東京都というらしい。やはりどちらも日本の首都であることには変わりないようだ。元の世界と名前は同じだがかつて勃発した戦争の勝敗で街並みはガラリと変わることをエムヤは知った。
「ねぇねぇ、エムヤ君!」
振り返ると…………暖かく揺れる街の光の中になんとあの美少女が立っていた。
「うおおお!!!」
「ほら、一緒いこ?」
「うん、いくよ!!!」
憧れの女の子とついにデート…!僕は彼女と手を繋いだ。
「…………………?」
なぜ僕の名前を知っている。なぜ少女の姿のままなんだ。いつの間にか握っている手が妙に冷たく、大きくなっていた。
「ずっと会いたかったよ」
突如、彼女の手が腹に突き刺さる。
「あぁぁぁあああ痛い痛い痛い痛い痛い痛い……!!」
さっきまで美少女だったそれに腹をえぐられ激痛が襲う。少女はいつの間にか醜く巨大な化け物へと変貌していた。どうしてなんだ。
「どうして?これは君が選んだ答えじゃないか。望んでこの世界に来たのは君だよね?」
「ただ…会いたかっただけ…なのに…………ならお前は!お前は一体……」
「僕??…………僕はね、君だよ。そして君は僕。僕は君の欲望が肥大化した姿だよ。」
「はは…欲に身を滅ぼされたというわけか…」
「悲しいが僕にもこうすることしかできなかった。」
激痛に意識が途切れる。だがしかし死ぬことはできないのだ。目覚めることのない悪夢。
出ることのできない闇の遊園地。
世界は何度も回り、絶望は何度も訪れる。
ここは夢の世界。ディストピア。
現在、西暦2172年。時間感覚を失った彼には知る由もない。
この並行世界では当然自分の宿る肉体はない。
もとの世界でも自分の宿る肉体を失ってしまった彼は、もはや人の夢の中でしか存在することのできない夢人間としまったという事実を受け入れるしかなかった。
「すみません、とある女性を探していて。」
「きゃああああああああ!!!誰!?誰なの!?」
カメラのシャッター音とともにきらびやかな衣装でレッドカーペットを歩いていた女性に叫び声を上げられてしまった。
「一つだけ教えてもらえませんか!」
「早く出ていって!」
もう二度と現実世界には戻れない、という絶望も大きい。しかしそれよりも、彼女に出会うことに成功したとしても二度と触れ合うことができないのだということを彼は最も酷く嘆いた。同じ時間の中を進む並行世界で、150年たった今でも彼は探し続ける。もし彼に時間感覚があるならば、彼の悲しみは想像を絶することだろう。
「これは不純な僕への神様からの呪いだ」
しかし彼は絶望を謳うこの深淵の世界で希望を捨てなかった。それでも尚探す。探さなければ。夢の世界の旅人なのだ。何があろうと。
そしてひたすら夢の世界を浮遊する。
彼女の夢を通り過ぎているかもしれないと彼は思った。
「口元には微笑みを浮かべてて」「顔は大きな丸顔で」「眉毛は太くて繋がってて」………
彼は明晰夢の性質を利用して曖昧なこの夢の世界でも彼女に気づいてもらいやすいように印象に残る顔に変えた。
そして彼は自らを失われた理想郷の住人、と揶揄した。彼女に会う、という目的以外全てを、名前さえも忘れ去ってしまっていた彼は、自らをディストピアヒューマンと自称するようになる。
幾千もの時が経ち、
「彼はいつしか『ディスマン』と呼ばれるようになっていた」
夢男はゆく。理想郷の裏側を。
例え運命が二人をすれ違えても
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ここは大東京帝国首都三番街9丁目。この世界では珍しい「制服」を着た彼女は、夢に見たあの幻の景色の中で………………………
かつて自分に思いを伝えてくれた美しい少年を探していた。
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