イチゴのショートケーキ

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食べきれないほどのご馳走を食べきり、俺は重い体を座椅子に沈める。 オカンはテーブルに並んだ空の食器を、てきぱきと片付け始めていた。 オカン独りが住む団地は、狭苦しいし古臭い。 それでも、実家というものはどうにも落ち着くものだ。 傷だらけのテーブルも、くたびれてぺったんこの座椅子も、なんだか俺にしっくりくる。 この後に運ばれてくるものは何か、俺にはよく分かっていた。 もう二十数年同じことが続いているのだから当然だ。 「ほら、あんたが好きなショートケーキ買うといたで」 オカンは片付いたテーブルの上に、ケーキがのった皿を二つと、湯呑みを二つ置いた。 三角の白いスポンジに生クリームがたっぷり絞られ、イチゴが乗ったショートケーキ。 コーヒーも紅茶も嫌いな俺のために、湯呑みに入っているのは緑茶だ。 「誕生日おめでとうさん」 「…どうも」 そう言い終わらないうちに、俺はケーキにフォークを刺し、口に運んだ。 安っぽい駄菓子のような甘みが、口いっぱいに広がる。 正直、大人になってからは甘いものをあまり好まない。 確かに子供の頃大好きだったこのショートケーキも、もはや何がそんなに美味しかったのかわわからなくなっていた。 「はは、あんたそれ、変わらんねえ。好きなん後に残すやつ」 上に乗ったイチゴを避けた俺を見て、オカンが嬉しそうに笑う。 イチゴを最後にするのは、少しでも後口をさっぱりさせたいと思ったからだ。 昔からの癖、というのもあるが。 「イチゴも買うてあるで。洗ったろか?」 「…いや、さすがに腹いっぱいやしな。明日の朝食べるわ」 そうかそうか、と笑うオカンを見ながら、俺はケーキを口に押し込んだ。 大人になると、誕生日は「祝ってもらうもの」から、「祝われてあげるもの」に変わる気がする。 「あんたもいつまでもオカンとケーキ食べとらんと、祝ってくれる彼女ぐらいおらんのかいな」 「…へいへい」 俺は生返事をしながら、最後のイチゴにフォーを振り下ろした。 しかしイチゴは皿の上を滑り、フォークがカチンを音を立てる。 逃げたイチゴを手で捕獲すると、ポンと口へ投げ込んだ。 「しゃーないやっちゃなあ」と言いながらも、オカンは楽しげにカラカラ笑う。 ケーキは俺よりも早く平らげていた。 イチゴを噛むと、爽やかな酸味と粉砂糖のかすかな甘みが、ちょうどいい具合だった。 子供の頃から変わらない、懐かしい味。 俺はこれが、確かに好きだった。 誕生日になるとオカンが買ってきてくれたショートケーキ。 にこにこ楽しそうなオカンも、特別感のある赤いイチゴも。 それは今でも、変わっていないのかもしれない。 胸やけしそうなショートケーキを食べた後、俺は確かに幸福感で満たされていた。 「…やっぱり、いくつになっても『祝ってもらってる』んやな」 台所でケーキ皿を洗い出したオカンの後ろ姿に、ボソッと呟く。 「オカン、なんかちょっと痩せた?」 今度は聞こえるように言うと、オカンは、はあ?と言いながら顔だけで振り向く。 「むしろ肥えたわ!嫌味かいな!」 「はは、そうか」 威勢がいいのは変わらない。 でもオカンの後ろ姿が、なんだか少し小さく見えるような気がする。 俺が大人になったのか、オカンが年老いたのか。 両方だ。 実を言うと、誕生日を祝ってくれる彼女は、すでにいる。 「私たちはいつでも祝えるんやから、誕生日当日は実家に帰ってあげて」と言ってくれる、性格のいい子だ。 顔もそこそこかわいい。 「イチゴ洗ったろか?いけるやろ」 洗い物を終えたオカンが、「二軒目行く?」というようなノリで冷蔵庫からイチゴのパックを取り出した。 「腹いっぱいやゆうたやろ。まあ、ちょっとならいけるけどな」 そやろ、そやろ、といって、オカンはウキウキとイチゴを洗い始めた。 彼女は、女手一つで俺を育てたオカンに会ってみたいと言ってくれている。 今度連れてきて、きちんと紹介するつもりだ。 (…でも今日は、まあええわ) 来年からはきっと、三人で祝えるだろう。 おそらくオカンは張り切って、御馳走もケーキもイチゴも、倍量ほど用意するに違いない。 それを笑いながら、みんなで食べきるのだ。 オカンと二人で祝う誕生日は、今日で最後になるかもしれない。 (イチゴでもみかんでも、今日はとことん平らげたろ) 俺は今から迫りくる山盛りのイチゴに備えて、緑茶で口をスッキリさせた。
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