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3_言えなかった言葉を言い合った結果…
「翠!翠ってば聞こえてる?」
華に体をゆすられてようやく意識が現実に戻ってきた。周囲を見回してみるとコーヒーチェーンで有名なムーンバックスだった。アニメイトーからどうやって移動したのだろうか…、全く意識がない。
「ゴメンちょっと記憶が飛んでるんだけど…。」
「あまりにも衝撃を受けてたから何とか引っ張って座れるここまで連れてきたのよ。どっちがいい?」
これでもかとトッピングしたカップとコーヒー豆の香ばしい匂いを強く感じるカップを差し出しながら聞いてくる。微妙にトッピングの方が控えめに出されているのは心情の表れだろう。普段なら私もそっちを取るけれど、今は頭をシャッキリさせたいのでストレートのカップをもらった。
「私が同人作家だったのを言えなかったは悪かったと思うわよ。でも、高校の事とか地元の事を考えれば分かるでしょ。むしろその為に高校卒業と同時に地元を離れたようなものなのよ。」
高校時代から【黒薔薇ノ荊】は自費出版してた事を聞いてみると恵さんに頼んで出して貰っていたとの事。親に知られるわけにいかないので登録住所は恵さんの実家にしていたらしい。
生活環境を考えると漫画とかに触れる機会はないと思ったので聞いてみたら恵さんの私物を借りて知ったらしい。恵さんも製作はしないけれどそっちの道はバリバリらしい。人は見た目によらないという言葉があるけれど、全くだと思った。恵さんにしろ華にしろ同人誌はおろか漫画にも縁があるようには全く見えない。
勉強も恵さんが全て教えていたのだけれど、その中に漫画等の勉強も追加されたとの事。学業やその他の習い事に悪影響が出ると親が割り込んでくる恐れがあったのでその辺りは必死に落とさないようにしていたと言っている。
…そりゃ恵さんに頭上がらないわ。
「ところで、なんで私が高校時代に【黒薔薇ノ荊】の本を買ってたって知ってるの?」
和やかに話ができた間に心の準備を整えた私はそう聞いてみる。
華は気持ちを落ち着かせるようにカップに口を付けて目を閉じる。中々気持ちが決まらないのか暫く会話が途切れて私達の間にはコーヒーを啜る音だけが響く。
気持ちが決まったのかカップを置き申し訳なさそうな顔をしながら口を開く。
「これは翠にだけしているわけではないのだけれど、私と交友関係ができた人は例外なく調査して親に報告する事になっているの。もしかしたら家を貶める輩かどうかというのもあったかもしれないけれど、見てる限り私にふさわしいかどうかを見ている感じだった。」
…なるほど、確かにしててもおかしくない。
「調査はいつもメグ姉がしてたけれど、翠だけは調査をするかでっち上げるか私に相談があったの。メグ姉としてもちゃんと私を見てくれる友達にこんな事をしたくなかったと思う。」
仕事なのに悩んでくれる程好感を持ってくれていて嬉しさがこみあげてくる。
「でっちあげた場合に違和感があって別の人間が再調査するという事態も避けたかったから調査だけはちゃんとして知られると不都合がありそうな所だけ偽証する事にしたの。その調査で翠の趣味を知っちゃったというわけ。」
選んでた本の傾向から恵さんが私のプロファイリングをしていたとも添えられていた。今までで一番活き活きしていたようで、私の中のキャリアウーマンの恵さん像が崩壊していく…。
苦悩してくれたのは嬉しいけれど、プロファイリングは絶対趣味だ!華の師匠になるわけだし。
「色々な事情があって翠の趣味を知ってからもこっちからは言えなくてね~。」
私からも言えなかったけどね。お嬢様学校で同じ趣味の人がいるなんて思いもしなかったから。でもこれで華に秘密にしておくことがなくてスッキリした。華も同じ気持ちみたいでシコリが無くなったような顔をしている。
「というわけで、私としても長年気にしていた事を言ってしまったわけだけど、許してくれないかな?」
調査したのも悩んでくれたので配慮してくれた上でなので素直に頷く。華は今度はこちらの版と言って恥ずかしい質問をぶつけてくる。
「じゃあ、今度は翠が読んだ私の作品の感想を全部教えて!あ、作品別でお願いね!!」
とってもキラキラした瞳をしていた。
「いや~、直接感想聞くのって初めてだからつい聞きすぎちゃった♪」
ぐったりした私に対してまだまだ元気が有り余っている様子の華がそんな事をのたまわる。あれから3時間質問攻めにあい華は真剣にメモを取っていた。途中で小腹が空いてきたのでインタビュー料として要求した。
「ところでさ、翠は自分で何かを作る気はないの?」
「え?いや、ないない。」
華はちょっと残念そうな顔をして続ける。
「前々から思ってたんだけど、一緒に創作活動してみない?翠も絵は上手いって褒めてくれてるけど逆に話作りの方は弱いんだよね。でも誰かの話に絵を付けるだけっていうのは意味ない気がしてるし…。」
同人作品を出してるからか出版社から漫画のアシスタント依頼は来ているらしい。絵を極めるだけならそういう道で磨くのもいいけど、自分の作品を作りたいので違うと思っているらしい。
ぶっちゃけで同人での収入聞いてみたら同人一本だと生活費には足りないけどオファーのあったアシスタント料を足せば余裕で超えるらしい。会社辞めてそうした方がいいんじゃないかと言ってみたけれどアシスタントで力使いすぎてしまう気がするらしい。…企業で働いているという地元への体裁的にも今のところがいいという打算もあるみたいだけど。
「翠は私と違って高校の頃お小遣いのほとんどを投入してたじゃない?すぐに作る事を始めた私より断然読んでるのよ。だから、面白い作りっていうのが体感的に分かってると思うの。」
作った事が無いという私に対して強く推してくる。読むだけでなく作るというのも憧れがあったのは確かだ。
私が話を作って華が絵を付ける、そして話し合う。その時の様子を想像するとワクワクする気持ちしか出てこない。
「でも、会社が終わったあとに会うのって…」
「私のマンション二人住めるから大丈夫!っていうかメグ姉がたまに泊まるからベッド二つあるし同居も今すぐできる!!」
どうやら経済負担減った上に仕事以外の時間は製作に専念できる環境が既にあるらしい。
考える余地もなさそうなので私の結論を伝えると、名前の通り花が咲いたような顔をして両手で私の手をブンブンと振ってきた。
ムーンバックスを出て再度アニメイトーに来訪する。友達と来るなんて私も新鮮で楽しかった。
そのまま下見として華の家に行った。
リビングにスウェット姿で床に寝転がって漫画を読みながらポテチを食べてる恵さんがいた。私が見ていた華の専属メイドという姿は幻想だったと実感した瞬間だった。
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