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神岬唯奈
「センパイ、センパーイ!」
――翌日、神岬唯奈が教室にやって来た。
神岬唯奈というのは少し前に転校してきた転校生で、目立つ存在だった。それは、皆と違う制服を着ていたせいばかりではなく、整った容姿と明るい性格でたちまち学校中の話題となっていたのだ。その神岬さんがボクの方を見て、大きく、明るい声を上げている。
「神岬……さん?」
「ハイハイハイッ! センパイの家に行ったら、もう学校だって聞いたので~来ちゃいました!」
ボクの中では昨日のことは夢だった。あれから家に帰り、風呂に入り、寝るころにはほとんどの記憶があいまいにぼやけ、寝て、起きてしまえばその夜見た夢と区別がつかなくなっていた。ああ、そうだ。告白からのすべてが夢だと思っていた。しかし今、その夢の中心人物が目の前で笑っている。ボクを見て、嘘のように笑っている。
「え? ボクの家に行ったの? な、なんで?」
「なんでって、ほら! ウチらつきあってんですよね? ね?」
「へ?」
「あり? 忘れちゃったのですか? あの、燃えるように熱い熱い抱擁を!」
クラス中の視線がボクに向いているのを感じる。それはそうだろう。クラスの中でも目立たないほうだったボクのもとに、話題の転校生神岬唯奈がやって来て、つきあってるだなんて言ったんだ。ましてや熱い抱擁である。
「いやいやいやいや……か、からかわないでよ」
「へ? からかってなんてないですよ~本当のことでしょ。ですよね?」
「い、いやあ~」
「そんなことより、どーしましょ? どーするんです?」
「ど、どーするって?」
「どっか遊びに行くのです」
「な、なんで?」
「なんでって恋人同士はデートするもんですよね? ね?」
「え? い、いや……」
ボクの頭の中は真っ白になって、たぶん、顔は真っ赤になっていた。ボクはその場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
「じゃ、行きましょう~」
「や、む、無理だよ」
「なんで?」
「なんでって、これから授業だし」
「授業? それがセンパイが最後にやりたいコトなのです?」
「最後?」
「言ったじゃないですか。四週間と七日だって。一日経ったから……あと四週間と六日ですね。それがセンパイの余命なんですからね。この時代の」
「え?」
「来ましたよね? 頭の中に通知が」
「い、いや……な、何も……」
「え? ええええーっ! そ~なの?」
「う、うん」
「ちっ、エイヴのヤツ、気を使ったつもりですか?」
「エイヴ???」
「そそ、センパイの心臓を抜き取ったアヌビスのことです」
「アヌビス? 心臓を抜き取った???」
「ま、ま~そんなのはどーでもいいじゃないですか。とりあえずココ出ましょ。人が集まって来ちゃったし」
神岬さんはボクの手を掴むと強引に教室の外へ連れ出した。ボクの中ではいろいろな思いがあふれ出して来たけど、「その場から逃げ出したい」その思いが勝った。
「で? どこ行きたいです?」
学校を出ると、神岬さんが腕に手をまわして笑いかけてくる。
「そ、そんなこと急に言われても分からないよ」
「じゃ、じゃあ……あそこ行きましょうよ。ファニーランドとかいうとこ」
ファニーランド、それは郊外にあるアミューズメント施設だ。世間じゃ、どうやらみんな行きたがってるけれど、ボクには関係ないと思ってた施設だ。だって恋人同士しかいなんだからね。そう……恋人同士しか……
「でしょ。恋人同士のデートスポットでしょ。ウチ、行ったことないんですよねーそーいうとこ」
「そ、そうなんだ……あはは」
昨日のカイブツの夢なんかより、はるかにドキドキとしてしまい。冷静な判断ができない。道を歩いていると街中のみんながボクを見ている気がした。だからボクは言われるがままに、街の中から逃げ出すように、気が付けばファニーランドに来ていた。
ボクは学校をサボったことも、女の子と遊園地に来たことも初めてだった。だから神岬さんの言うがままにジェットコースターに乗り、メリーゴーランドに乗り、コーヒーカップで目を回した。
神岬さんの無邪気な笑顔を見ていると、昨日のことも何もかも、どうでもいいように感じていた。そして夕暮れどき、パレードが回りだした。
「センパイ?」
「な、なに? あらたまって」
「圭ちゃんって呼んでもいーいですか?」
「え? い、いいけど……今さら?」
「うん。ありがと圭ちゃん」
「い、いや……ボクの方こそ、あ、ありがと……ング」
突然、神岬さんの顔が近づいてきたと思ったら口を口で塞がれた。そう……これは……キ、キスだ……。キスというやつだ。ボクはファーストキッスを神岬さんに奪われた。
――んぱっ
「な、なにをするんだ」
「だって恋人同士は……こうするんでしょ? ですよね?」
「え?」
「遊園地でデートしてキスをする。違います?」
「い、いや……そんなのよく分かんないよ」
確かに、そんな話を聞いたことはある。ファニーランドの中央広場、ハート型オブジェの前でキスをすると、そのカップルは別れない。永遠に別れない……という馬鹿げた話を……
「あ、ハートのオブジェ……」
そうだ。まさに目の前にハートのオブジェがある。そこは中央広場だった。
「ハート……ですね。圭ちゃんはハートを失った……ウチをヘイトしますか?」
「へ、ヘイト?」
「憎しみって意味。ウチを憎んでます?」
「い、いや……そんなことは……」
「嬉しい! さすがウチが見込んだ男子だわ~です!」
またキスをしようとする神岬さんのことを、なぜだかボクは避けてしまった。すると首に手を回し抱きついてきた。
「ね? このあとはどーなるのです?」
耳元でささやく。と、同時にファニーランドに花火が打ち上がった。
「こ、このあと?」
「うん。恋人たちは夜、なにをするの?」
神岬さんの顔に花火の光が反射している。
「か、か、か、帰るんじゃ……ないかな? い、家にさ」
「圭ちゃん、ウチのこと……嫌いなのですか?」
顔を離し、また近づけた神岬さんと目があう。瞳の中にはボクの影があって、その背後には打上げ花火が舞っている。
「す、好きだ……大好きだよ」
胸の奥の方がギュウッと掴まれたように苦しい。苦しくなってボクは思わず言ってしまった。好きだ……と。
「ありがと」
言いながらまた、神岬さんは抱きついてきた。
「ウチのこと……好きにしていいよ」
「え?」
――ンッパーーーン パラパラパラ〜
「×△*ш#……しよ」
神岬さんが最後に言った言葉は、クライマックスを迎えた花火に打ち消されてしまった。
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