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迫りくるモノ
あれから一週間、あの後何もせず帰ったボクを不甲斐なく思ったのか、神岬さんは姿を見せなかった。そうして、カイブツ、キッス、花火……そんな言葉が頭の中でぐるぐると回りつづけている。
……しよ……
いいや……あの時、神岬さんは何を『しよう』って言ったのか? そのことばかりが気になって仕方がなかった。
しかし、そんなモヤモヤも忘れてしまう事件が起こった。
「お、おい! アレはなんだ?」
授業中、誰かの叫び声が聞こえると、生徒達はこぞって窓の外を見た。先生までが窓際に行ってしまって離れようとしない。
「あ、オレあれ知ってる。ケンタウロスだぜ」
「いや、あれはミノタウロスだろ?」
さすがにボクも気になってぼんやりと窓の外を見た。すると校庭の向こう、校門のところに巨大な影があった。門の高さと比較しても、ゆうに3メートルはあろうかという大きさだ。
「ケド、あの前にいるの……誰だ?」
「セーラー服とモンスター! みたいな、映画かなんかの撮影かなあ〜」
カイブツの頭は牛のようで巨大な体をしている。そうだミノタウロス、たしかにそんな風に見えるバケモノの前に制服の少女が立っている。そしてあの制服は――神岬さんのものだ。
――ズッガーーン
ミノタウロスが持っていた斧のようなモノを振り回すと校門の柱が崩れた。
「撮影……だよね?」
誰かが言った。撮影で門柱が壊れるなんて、そんなハズはないって、分かってるだろうに、誰だって……ボクだって……信じたいんだ。平凡な毎日が何事もなく永遠に続いて行くってね。
「先生、ボク見てきます」
らしくもない行動だ。ボクは目立つことも、率先した行動もとったことなんてない。そのボクが立ち上がると教室を出ていった。
「お、おう……」
先生だって人間だ。異常な事態を前にして何が正しいかわからなかったのだろう。
「き、気をつけろよ」
そんな言葉だけでボクは送り出された。
「あんなもん、何をどーやって気をつけるんだよ」
愚痴ったって仕方がない。今は神岬さんだ。あれはたぶん、間違いなく神岬さんだ。そしてあのバケモノは……敵だ。ボクのことを刺した黒いヤツ――アヌビスに似てはいるが……コレは敵だと、ボクの中の何かが叫んでいる。
――ズシャンッ
校門までやってきたとき、ミノタウルスが大きな斧を神岬さんに向かって振り出していた。
「神岬さん! 危ない!」
「あ、圭ちゃん、おはよ」
神岬さんは自分の背丈より大きな槍を振り回し、斧をはじき返すと、いつもの笑顔を見せた。
「おはよ……って、そ、それ何? 大丈夫なの?」
「う、うん。たぶんね」
「たぶんって……な、なにかできるとは思えないけど、ボクになにかできる?」
「ううん、へーきへーき。あ、でもひとつだけお願いがあるんですけど」
「な、なんだい?」
――キン キンっ ガ キーン ガッ ガッ
こうしている間にも、ミノタウルスの攻撃を器用にかわし続けている。しかし、それは体力差なのか、体重差なのか、押し負けているのはボクみたいな素人にも分かる。
「ウチのこと……唯奈って呼んでください!」
「へ?」
「え? 嫌? なら……ゆいゆいでも、ユイちゃんでもいいですよ」
「い、いや……そういうことじゃなくて……」
「嫌なの? もーう! じゃ~しょーがないなあ~ ユイたんって呼ばせてあげる!」
「や……」
――ガッキーーーーンツッ
「キャーッ」
ミノタウルスが大きく体を回転させて放った一撃で、神岬さんはボクの後ろのほうまで吹き飛んだ。
――カランッ カランッ…… ザッ
そして持っていた槍は空に跳ね上がったかと思うと、ボクの目の前に突き刺さった。
「えと……こ、これって……」
ミノタウルスが走り迫ってくる。後ろには傷つき倒れた少女。ボクの前には武器。ボクにだって痛いほどわかる、状況的に選択肢はひとつしかないってことを。それでも――
「圭ちゃん! 逃げて! 槍に触れてはダメ!」
ふり向けば必死の表情で、神岬さんが立ち上がろうとして……また倒れた。どうやら足を傷つけているらしい。
「神岬さん……ボク、やってみるよ」
自信なんてない。やれる自信なんて。でも、逃げたってやられる。それなら同じことだ。そうだ、いつだって選択肢がたくさんあるわけじゃないんだ。――ボクは槍を手に取った。
「うぉぉぉおおおおおおおお」
すると体中に衝撃が電流のように走り、意識が飛んだ。
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