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第三の選択
――ミゴ ルルガ ノ エディプシャン
耳のすぐそばで得体のしれない声がする。
――フゥオゴ ラ ダ グリーシャ
いいや、ボクの口が知らない言語を話している。
「……オ……マエ……ニ、ヨウハ……ナイ……」
いやいや、だんんだんと……その言葉がわかるようになっていった。
「エディプシャンヲ、サシダセ」
「フザケルナ! このグリーシャめ」
言葉が理解できたと思うや、ボクのカラダはその意思に反して飛び出していた。こんなカイブツ相手に対し、非力なボクなんかは戦略的撤退こそがベストなはずなのにだ。
――ガッ ガッ ガッ キーンッ
しかし、嘘のように体が動く。槍を振り回すとその反動を利用して飛び上がり振り下ろす。ともすればミノタウルスのほうがそれを受け止めるのでいっぱいいっぱいにも見えた。
「ソウカ……ダイジナ資源ヲ狩ルノハ本意デハナイガ、シカタガナイ」
――シュゴゴゴゴゴォォォオオオオ ッバーン……
ミノタウルスは斧を横に構えるとド級の力でもって風を起こし、俺を吹き飛ばした。
――ザム ザム ザム
起き上がる間もなく近づいてくると
――ズシャンッ
「え? あ、わ、ぅぅぅうううわぁぁぁあああああああああ」
ミノタウルスの振り下ろした斧で、ボクの左の腕があっさりと切り落とされていた。
「痛い痛い痛い痛い痛い、ダメだダメだダメだダメだ~痛い、痛いよ、痛い~~~」
僕は倒れ、情けなく叫んでいた。左半身が焼けるように痛い。気を失いそうになるが、その痛みによりそれもできない。
「立って」
声がした。神岬さんの声だ。つむっていた目をどうにかこじ開けると、目の前に横たわる神岬さんの顔があった。
「た、立てって言ったって……いいや、立ったところで……ム、ムリだよ。どうせやられるのなら、もう……ムリだよ!」
「圭ちゃん……センパイは死なない。いいえ……死ねない。このままでは永遠に死よりつらいことになる」
「な、なに言ってるか分かんないよ! ムリったらムリなんだ」
「そうね。ごめんなさい。ウチのミス……だから、その槍でウチの胸を突いて」
言いながら神岬さんはブラウスの前を開いた。白い肌があらわになってまぶしく光って見える。
「い、いや意味わかんないし、ムリだし、そんなことしたら神岬さん死んじゃうし」
「大丈夫。ウチは死なない。ウチも圭ちゃんと同じ心臓無だから」
「ハートレス?」
「そう……」
――フゴゴゴゴゴォォオオ
疑問を晴らす間もなく、ミノタウルスが走り出した。
「さあ、時間がない。大丈夫、きっとうまくいくから、ウチを信じてください!」
「わ、わかったよ。ど、どうせ死ぬんだし。や、やるよ」
槍を杖にして立ち上がると、ボクは狙いを神岬さんの胸につけた。しかし……
「や、やっぱムリだムリだよ。人を、神岬さんを刺すなんて」
そう、人を刺すなんて真似できるはずがなかった。だから最後の力を振り絞り、玉砕覚悟でミノタウルスに向かおうとふり向いた時――
ズサッ
神岬さんが自分で槍をつかんで、その胸に刺していた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ、な、なんてことを!!!!!」
情けないことに、その光景を見て、ボクは気を失いそうだった。
「ふあぁ~なんだなんだ? まだ回復してねーってのによー。あらよっと」
しかし、フザケタような声がして槍の先をジィっと見てみれば。黒い小さな何かが槍をつかんで飛び出してきた。
「オ、オマエはアヌビス!」
そうだ。それは夢でボクの心臓をえぐりだした……バケモノ、アヌビスだ。だが……
「小っちゃ!」
そう。あの時のアヌビスはそこのミノタウルスくらいの巨体だった。しかし目の前にいるのは、容姿こそ似ていたが小型犬くらいのサイズだった。
「小っちゃとか言うなし。気にしとんやから」
「え? 関西弁?」
今度はアヌビスの言ってる言葉も理解できた。だが、なぜだか関西弁のように聞こえる。
「しっかし、ずいぶんとやられてもーたなあ~ユイっち」
「う、うん……お願い……圭ちゃんを助けて」
「ん? 圭ちゃん? って、オヌシあんときのあんちゃんかいな」
ちびアヌビスはボクの目を覗き込んでいる。
「いやいや、こんなん助けんでもえーやろ、コイツの代りに無理しすぎやで」
「代り?」
「ん? 知らんのか? ユイっちはオマエの代りにここらに沸く敵をこの一週間やっつけて回ってるんやろが」
「え? ええええ? し、知らないよ、そんなこと」
「エイヴ! いいから、はやくやりなさい!」
「むー、気が乗らんな~たかだか材料の一人を……って……ん? なるほどなるほど、よく見りゃ、なかなかのタマじゃねーかよ。そーいうことか、ユイっち、コイツでえ~んやな?」
「うん。彼は選んだ。そして槍にも選ばれたのだから」
「そか、じゃあしゃーないなあ~ほな行くで!」
二人の会話が全く分からず、ぼんやりとみていると、ちびアヌビスがボクの方に飛びかかってきて、胸の中に入りこんだ。
「う、んぐぐぐぐぐぐぅぅううう。わぁあああああ!」
気が付けば、痛みは消え、これまでに感じたことのないような力が体中にみなぎっているのを感じた。
――フォォォオオオオ はッ やっ
そして飛び上がると、目にも止まらぬ速さで槍をまわし、たたき、振り上げ、下ろしていった。みるみるうちにミノタウルスの肌を切り、腕を切り落とし、足を、胸を刺し切っていって
――斬ッ
最後にはその首を切り落としてしまった。そして胸めがけて槍を突き刺す。ぐるりと回し、引き抜くと、そこには巨大な心臓があって、脈打っていた。あの時のボクと同じだ……
「あ、あれは……夢じゃなかったのか?」
――ズシャン
意識が朦朧としたなか、ボクの足はその心臓を踏み潰していた。それを見て胃がひっくり返ったように痛み、吐き気がこみあげてくると、体の中からちびアヌビスが飛び出した。
「フンッ夢なわけあるかいな」
すると力がなくなり、息も荒くなっていった。
「圭ちゃん! そのオーヴを喰らってください!」
神岬さんが叫んでいる。
「オーヴ?」
踏み潰した心臓を見ると、その中から不思議な色に輝く球体が現れ、漂いだした。
「早く! それを捕まえて!」
反射的にそれを捕まえたものの、その球体からは血が滴り落ちており、すぐにでも投げ出したくなっていた。
「さあ、それを食べるのです! じゃないとセンパイは死ぬより恐ろしいところへ行かなければならない」
神岬さんの表情は真剣そのものだった。ボクにしても、もう意識が飛びそうなほど朦朧としていたから、半ば無意識にオーヴとやらを口にしたらしい。
らしい、というのはその後意識を失い、前後の状況がまた思い出せなかったからだ。
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