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覚醒
「……で、あるからして~左右の式は等しくなるわけだ。って久能! 聞いてんのか!」
「あ……はい」
「オマエ~最近ボケてるぞ~。こないだだって、どーいう転び方したら制服の腕の方だけボロボロに千切れるんだ」
「あ……はい……」
――ミノタウルスの乱入からまた一週間が経っていた。
しかし、どう考えてもおかしい。あれだけの騒ぎだったというのに学校の誰もそのことを覚えていないんだ。ボクはといえば、意識をもどしたときは保健室のベッドの上で、切り落とされたハズの腕もついていた。ただし、腕の部分は制服もシャツもない。だから、夢なんかじゃない。それだけは確かだ。それでも神岬さんの姿も、ちびアヌビスの姿もどこにもなかった。
「おい久能! しっかりしろ、来年は受験だろ! そろそろ自分の将来のことについて考えなくちゃダメだぞ!」
「はい……」
将来……未来のこと……そんなことより、ボクは自分が今どうしてしまったのか知りたかった。一連の事件のことを考えると、なんだかフワフワとしていて、やはり夢というか、なにか自分のことじゃないように思える。しかし、こないだの事件でハッキリとした。あれは夢なんかじゃない。現実だ。だとすると、最初に心臓を引き抜かれたのも真実だということになる。ボクは自分の胸に手をやったが、心臓の音なんて自分じゃ分からない。
「先生……気分が悪いんで早退します」
「お、おう……確かに顔が青白いな。病院に行けよ」
「はい」
校舎をでて、校門を抜ける。門柱は壊れていない。学校、授業、いつもの街……子供たちの遊ぶ声、電車の行きかう音、クラクション、靴音……さまざまなことがどこか遠くに感じている。
「神岬さんに会いたい……」
そのことだけがボクの心を占めていた。それこそが胸の真ん中にぽっかりと開いた穴を埋めるモノだと考えていた。
「だーかーらー唯奈って呼んでってば」
「え?」
するとふいに声がした。暖かく、懐かしい声だ。神岬さんだ。神岬さんが坂の途中に立っていた。
「ちょ、ちょっと~なんで泣いてるの? ウチに会えたのがそんなにうれしいのです?」
「あ、ああ。う、うん。そうだ、そうだよ。うれしいんだよ」
嬉しい……たぶん嬉しいってのは本当だ。でも溢れ出す涙の理由はそれだけではない。神岬さんを見れば、全身は血まみれで、服もところどころ破れていた。そんな神岬さんを見て、思わずボクは彼女を抱きしめていた。そうして涙が止まらなかった。
「えへ。えへへへ~やっとその気になったのかな?」
「あ、い、いやいやいや。そ、そーいうんじゃなくて。た、ただ、会いたくて、会いたくて、会いたかったんだ」
ボクは理解した。前の戦いでエイヴが言っていたこと……そうだ、間違いない。神岬さんはボクの代りに戦ってるんだ。ボクの代りにこんなボロボロになって。
「えと……その……教えてくれないか? 詳しく」
――コクンッ
と、神岬さんは頷くと気を失ってしまった。と、同時に
「キャァァァアアアア!」
どこからか悲鳴が聞こえた。血まみれの神岬さんを見た誰かが悲鳴を上げたのかと思たが違った。
――ズシャリッ ズシャリッ
「いたな小娘! さあ、その御霊、我に捧げて贄となれ!」
それはミノタウルスだった。この間のよりさらに大きく立派な角の生えたミノタウルスだ。
「オマエか?」
ボクは迷わなかった。今度は迷わず、神岬さんの持っていた槍を手につかんだ。すると腹の下、心の奥底から湧きあがるように声がでた。
「オマエが神岬さんをこんな目に合わせたのか?」
「ん? なんだキサマ。人間風情が我に何か用か?」
「用だって? ああ、そうだ。ボクは……ボクが……オマエを倒す!」
「ハ? ハッハッハッハ! 人間ごときが何をなせるというのだ! まーよい、前菜がわりに喰らってやるわ!」
――グォォオオオオオ ガンッ
ミノタウルスは力任せに大斧を振り回した。ボクは槍を大地に突き刺し、これを受けた。
「ほほう。少しはやるのか? しかしそのひ弱な体では持たんだろう」
その通りだ。理屈は分からないが槍は打撃を受けることはできる。しかしそれを支えるのはボクの力だ。あと一撃だって耐えられるはずもない。しかし――
「おいエイヴ! いるのだろう?」
「ほほーう? 気づいていたんかいな」
「ああ。また、アレやれよ。ボクに憑りつくヤツ」
「んーどないしよっかなあ~」
「やれって言ってんだろーが!」
「ち、しゃーないなあ~ユイっちもこれじゃあ。分かった。ほな行くで!」
エイヴがボクに憑りつくと、体が何倍にも大きくなったような気になるんだ。いいや、たぶん本当になるのだろう。客観視することはできないが、敵が、ミノタウルスが小さく見える。
――ハァァァアアア、ヤッ!
槍を振り回し、叩きつける。なるほど、さっきとは比べ物にならない打撃がミノタウルスを襲う。
「チッ、な、なんだ? なんなのだ? オマエは!」
「ボクの名前は久能圭吾。ただの高校生だよ!」
――タァァッ!
片手だったこの間の戦いより、確実にボクの動きはよかった。けれど、敵の実力も相当に上らしく、致命打を与えることはできなかった。
――ピーポー ピーポー ピーポー
そうこうしているうちに、遠くでパトカーのサイレンが聴こえてきた。ボクはそんなの関係ない、今、コイツをここで倒すんだ! と力んでいた。しかし
「おい、あんちゃん。大勢にみられるのはよくないゾ」
「な、なんでだよ!」
「なんでもだよ。アイツらは人に認識されることで力を増すんや。だが、あんちゃんは逆やろ? この先、普通の暮らしできなくなるで? それに……」
「そうか……神岬さんのこともあるからな……」
ボクは最大の力で敵を吹き飛ばすと、神岬さんを抱えてその場を飛び去った。文字通り、飛ぶようにその場を離れたんだ。
「ど、どうやら……覚醒した……みたい……ですね」
腕の中で神岬さんのつぶやきが聞こえた。
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