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未来から来た
「ウチは未来から来たの……時を越えて……」
神岬さんが語る話は、にわかに信じられるものではなかった。が、あんなことがあった後では信じるしかない。
「えっと……その……何をしに来たの? 未来から……」
「オーヴを守るためです。奴らから」
「あの、ミノタウルスから?」
「そう。正確に言えばグリーシャの奴らです」
神岬さんの話では、こうだった。今からそう遠くない未来、今あるこの世界は終わる。科学が支配するこの世界が終わり、魔法国家が支配する世界になるというのだ。魔法国家のエネルギーの源、それこそがオーヴと呼ばれる霊的エネルギーだった。
未来では、たび重なる戦争により人口は大幅に減少。オーヴが枯渇している。そこで魔導国家グリーシャは時を越える秘術を完成させ、オーヴが豊富にある過去――つまりは現代へとミノタウルスを送り込んでいるというのだ。
「各国が保有するオーヴのバランスが崩れれば、未来世界は崩壊してしまいます。そこで太陽国家エディプスと我が超自然国家ヤマタイが連合を組み、過去を守ることになりました。あ、ちなみにウチはヤマタイの巫女をしております」
「み、巫女さんなの?」
「です。見えませんか?」
「い、いやぁ~ははは」
正直に言うと、神岬さんの巫女姿を見たい! と思ってしまった。今はそれどころじゃないってのに。
「で、オイラはまあエディプスから派遣された……精霊や」
「精霊?」
「せやで」
「本来、生身のカラダでは時空を越えることはできません。そこで、エイヴにせよ、ミノタウルスにせよ霊元素を電気信号に変え電送されてきます。未来では、精霊と呼んでいます」
「精霊っていうか……妖怪じゃないの?」
「失礼なやっちゃなー、いてまうぞコラ!」
「で……そうすると神岬さんも精霊ってこと??? 幽霊的な?」
「いいえ……」
「ユイっちは特別な存在や。聞いて驚くなよ? なんと生身で時をジャンプできるんやで~スゴイやろ」
「えと……スゴイっちゃスゴイけど……よく分からないや」
「これだから素人は嫌なんや」
「へいへい」
なんでも精霊たちは限りなく小さくなって時空を越え過去――つまりは現代にやって来る。そして現代でオーヴを喰らうことで本来の姿、力を取り戻すというのだ。
「えっと……その……よくわからないんだけど……それって現代人を殺してるってこと?」
「そういうことになります」
「………」
ボクは、自分の中に浮かんだ疑問について怖くて聞くことができなかった。だって、ミノタウルスもコイツ――エイヴも同じ精霊だという。そして最初に見たエイヴは恐ろしく巨大な姿をしていた。あれは……オーヴを喰らった……人間を……食べたって……ことじゃないのか?
「それは違います」
「え?」
「あ、ゴメンなさい。ウチ、人の心が読めるので」
「ええええーっ! そ、それは……えっと……あの……その」
「ええ。だから圭ちゃんがウチをみてあんなことやそんなことを想像しているは全部お見通しなのですよ!」
「いや、あ、はっ! そ、それは!」
いやいやいや、断じてあんなこんな想像なんてしてない! てかあんなこんなってどんな想像だ……えっと……いやいやいや。ボクのココロは慌てふためいていた。
「嘘です」
「へ?」
「そこまでは分かりません。というか……なんかイヤラシイ想像をしてたの?」
「い、いえ……」
「まあ、目の前の相手の心に浮かんだ不安や疑問の単語が見えるのです」
「な、なるほど……」
「それで、さっきの疑問ですけど。ウチ達は命を喰らうことはしません」
「せやで~オイラからすりゃー回りくどいし、非効率的なんやけどな~。お偉いさんが決めた決まりや。だから今でもこんなちっちゃな姿でおるんやないかい」
「なるほど……じゃ、じゃあどーやってあの姿にもどるんだ?」
「自然からエネルギーをもらうのです」
「せやで。だからちょっと時間がかかるんや」
「なるほど……でも……」
今浮かんだ疑問は心を読むまでもなかっただろう。ボクは自分の胸をつかんでいたんだから。
「圭ちゃん、ウチを信じてほしいの。圭ちゃんの心臓を奪ったのは、圭ちゃんのオーヴを守るため」
「じゃ、じゃあさ、ボクの心臓は……どうなったの? こいつが喰らったんじゃないのか?」
「食うかいな!」
「じゃあ……」
「圭ちゃんの心臓は未来にあります」
「え?」
「未来で神官たちが守っています」
「え? や、な、なんでそんなことを……」
「圭ちゃんのオーヴは特別。だから奴らにヤラレるわけにはいかない。時間がなかった……だから……ゴメンなさい。圭ちゃんには黙って、心臓を取ったのです」
ボクはエイヴに心臓を抜き取られ、未裸と呼ばれる存在になったという。だから現代ではほとんど不死身だと……そして逆に未来で心臓がつぶされれば死ぬ……と。
「だから未来を守るため戦えってこと? えっと……それって……人質じゃないか!」
「それは違います。圭ちゃん、心臓を圭ちゃんに返すことはできます。でもね、たぶん、すぐに奴らがやってきて、圭ちゃんは食べられてしまう。もう見つかってしまったのだから……」
「せやせや。あんちゃん勘違いも甚だしいで。ユイっちはあんちゃん助けようと必死なんやないかい。放っておけば、あんちゃんの魂だって贄となるだけの定めだったのをよ」
「そ、それだ! 四週と七日で選ぶとか……あれは……」
「圭ちゃん、それはもう選んでしまった。圭ちゃんは矛。戦うという道を」
「や……」
そうか……槍を手にしたときにボクの命運は決まっていたんだ。
「……分かったよ……やるしかない……ってことだね」
「あ、ありがと……」
「もう神岬さんのあんな姿見たくないから……」
「うれしい! でもね、唯奈もしくは、唯奈ちゃん、はたまたユイたんって呼んでって言ってるじゃないですか!」
「へ?」
「さあ、そうと決まれば早速次のデートプランを立てましょう! どこ行きます? どこ行きたいです?」
「ええええー? いやいやいや、それより他にやることが……」
「なーに言ってるんですか~花の命は短いのですよ! 恋人同士がやること! それはデートでしょ! ですよね? ね?」
「い、いやぁ~……」
今になって思う。この明るさは、生き急いでいるせいなんだと。いつ死ぬかもしれない人生を懸命に生きる姿なんだと。
「あ、それ違いますよ。ウチも心臓置いてきてるんで、めったなことじゃ死なないんで。未来にはない娯楽を楽しみたいだけで~す!」
「あ、そーいう……」
今になって思う。神岬唯奈の明るさは……生まれつきなんだと……
「あ、ユイっち、オイラ古代エジプト展ってのに行きたい! ご先祖様が祀られているんだとか」
「なになに? 博物館? いいかもね~圭ちゃんはどう? どう思う?」
「し、知らないよ! ちょっと今はそれどころじゃないし! てかエイヴはとっとと回復しろよ。使えねーな」
「んだと! このナリでもあんちゃん殺ルことくらい造作もないんやでー」
「ほーう、心臓ないけどなー」
「あ、忘れとった」
「はははは」
結局ボクは、神岬さんとエイヴと一緒に戦う道を選んだ。しかし、物語はそんなに単純な話ではなかった。
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