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宣託
「圭吾センパイっ 好きです!」
「え?」
それは――ボク史上、はじめての女子からの告白だった。
ボクの名は久能圭吾17歳。放課後、夕暮れどき、後輩の神岬唯奈さんに呼び出され、ふたりきりで神社にいた。告白だなんて期待していなかった――そう言えば嘘になる。けど「そんなワケないさ」と自分に言い聞かせてもいた。それなのに――である。
「センパイのすべてが欲しいんです! ください!」
「え?」
「いただきまーすぅ~」
「えええーっ?」
混乱しているボクの答えを待つこともなく、神岬さんは抱きついてきた。
「え? あ、い、いや……えええーっ?」
風に舞う神岬さんの髪の毛の一本一本が夕日に照らされてキラキラと光っている。なんだかいい香りがフンワリと体を包み込むと頭がぼ~っとしてしまい、体は逆にガチガチに固まってしまった。
「こ、これが恋? 初恋ってやつ?」
だなんて、舞い上がっていた自分を叱りつけたい。もしかしたら、あのとき、あの瞬間に逃げていれば、こんなことにはならなかったのに。
「センパイ? ゴメンなさい……」
神岬さんが謝罪のポーズをして視野の外に消えてしまうと――
「カ、カラダが……動かない」
体が金縛りのようになって動かないことに気がついた。
――ズジャジャジャジャァァァア……
しかし、そんなことは大した問題じゃなかった。今まで神岬さんの居たその場所に目をやれば、そこには闇があった。闇がのっそりと立ち上がり、揺れている。巨大なソレの顔は犬だか狼だかのように見え、手には長い槍を持っている。すべてが闇そのもののように黒い黒い――バケモノだ。
「ああ、ボクはココで死ぬんだな」
圧倒的な存在感を持つそのバケモノを前にして、その結論は、あまりにも自然に絶対的にボクの精神を支配した。
――ギュオル・ォン・グ・ヴァディ・エッダ?
バケモノが地響きのような声を発した。鳴き声――というより、言語のようには聞こえるが、もちろん何を言ってるか分からない。すると――
「ええ……お願い」
神岬さんの声が聞こえた。見えはしないが、どうやら背後にいるらしい。
――シュ ゴォッ
次の瞬間、胸の真ん中に衝撃を感じた。ズシリと、体の芯に響く衝撃だ。恐る恐るに胸元に目をやると……
「うわぁぁああああああああああああ!!!!」
ボクは叫んでいた。槍が胸に刺さっているのが見えたんだ。
「ああ、これが死だ。死がボクを貫いているんだ」
そしてその痛みを想像し目を閉じた……しかし……いくら待っても痛みが無い。ゆ、夢かもしれない……と、淡い希望をもってボクは目を開けた。
――ギュロンッ
するとバケモノの目玉が赤く光ったのが見えた。バケモノは槍をクルンッと回し、ゆっくりとソレを引き抜いた。
――ズノノノノノォオオオオ
いやあ~な音を引きずりながら、引き抜かれた槍の先にはコブシ大の肉片が刺さっている。
――ドクンッ ドクンッ ドクンッ……
肉片は静かに、脈打つように膨張と収縮を繰り返している。し、心臓? なのか?
「え? や……あ……な、なにこれ? どーなてんの?」
「静かに。さあ~宣託の時です。できれば今、この場で決めてくれると嬉しいのですけど」
「セ、セ、セ、センタク?」
「そう」
声が耳元で囁く。神岬さんの声だ。やさしい囁きが首筋をくすぐる。しかし、それに感動している暇はなかった。足元から立ち登ってきた恐怖が、奥歯から口先へと伝わり、言葉がうまく出せない。
「贄となるか、盾となるか……それとも……さあ、宣託の時なのです!」
「い、い、意味が……わからないよ!」
「ですよね……でもね、忘れないでください。四週と七日、それが期限」
言い終わると、神岬さんもバケモノも嘘のように消えてしまった。どこか遠くでカラスが鳴いているのが聞こえる。神社の参道は血のように赤い赤い夕日に塗りつぶされていた。
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