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「こんばんは。今夜は月が綺麗ですね」
身体全体が驚いてビクっと跳ねた。そのままの勢いでベンチから立ち退き、振り返ろうとして躓き、尻もちをついた。
「こんばんは」
いつの間にか、ベンチの向こうに立っていた女の子は、私を驚かし、尻もちをつかせたことに対して悪びれる様子もなく、涼しげにもう一度挨拶をした。
「こ、こんばんは」
彼女の優雅な態度に、私は文句も言えずに、地面に座り込んだままで挨拶を返す。激しくなった心臓の鼓動はまだ収まっていない。
彼女はピョンとベンチを軽くベンチを飛び越し、私に手を差し伸べた。私はその手を取って立ち上がる。
「あ、ありがと」
そもそも、彼女が驚かしたせいで地面に座り込んでいたのだから、お礼を言うのもおかしいのかもしれない。
彼女の歳は私と同じか、少し上だろうか? 私より少し高い身長。大人っぽく見える顔立ちからそう感じる。フリル部分のついたスカートのワンピース。Tシャツとジャージという私とは対称的な可愛らしい服装。私には似合わないであろう、私の着ない服。
急に彼女は私の顔を覗き込んだ。
「ひっ……何っ? 顔、近いよっ」
「だって、あなたがわたしの顔をずっと睨んでくるんだもん。お返し」
言って彼女は子どもが悪戯をしたときのように、無邪気に笑った。大人びた彼女の顔立ちには少し似合わない。
「さて、お嬢さん。お名前は?」
優雅にベンチに座り、手で隣に座るように私に促す。
「神崎綾乃」
少し距離を開けてベンチに座り、私は名前を伝えた。
なぜ、私は名乗ったのだろう? こん深夜の公園で突然見知らぬ相手に声をかけるような怪しい人間に。彼女の押しに流されたのかもしれない。
「ふーん。神崎綾乃。うん。アヤノっていい名前。響きがカワイイ。似合ってるよ」
初対面で慣れない褒められ方をした私は「あ、ありがと」と小さな声で返すしかできなかった。
「でも苗字は嫌い。だって神って入ってるから」
初対面で慣れない貶し方をした私は何を言い返せば良いのかも分からず、黙っているしかできなかった。
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