1_聞いてないんだけど…

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1_聞いてないんだけど…

 もう何度目になるか分からない時間の確認をしてから手元に納品物がある事を確認する。車の中にずっと置いてあるのでなくなるわけがないのだけれど、確認せずにはいられない。 「悪いな…。」  年末休暇に入っていた親友を叩き起こして無理やり車を出して貰った申し訳なさから謝罪を入れる。  今は東名高速道路を親友に爆走して貰っている。目的地は山口県だが東京から車を出してもらうので出発前に言うと確実に渋られるので言えずにいる。取りあえず時間がないからと言って無理やり発進をしてもらっている。  事の発端は数時間前に遡る。 「お前、山口県に持っていけ。」  自社で製作していたアニメの最終話が上がった直後にデスクから放たれた言葉だった。最終話の締めが拗れにに拗れて納期が当日の今日に追い込まれている。郵送では間に合わないので持ち込みをするというのが制作進行のメンバーの仕事となった。  割り振りをしたのだが俺が最終話の担当だから遠い所は当然らしい。他に遠方に指名されたのは入社の若い人間ばかりだった。ちなみにデスクは徒歩圏内の都内持ち込みだ。  全員がすぐさま交通機関を調べたのだが、最近の寒波の影響で平年よりも雪が降っている地域が多かった。俺も例に漏れず公共交通機関だけではたどり着けなかった。デスクに何人かが相談に行っていたが自分の仕事だからなんとかしろという言葉だけだった。  デスクは何かあった時の対応というのが自分が近場にした言い訳だが、打ち上げの幹事を張り切っている姿を見ているのでそっちがメインだろう。恐らく評判がどうあれ自分は仕事をしっかりしていましたアピールをするつもりなんだろう。腐ってやがる。 「ちなみに落とした奴は今回の作品の責任とれよ!」  どうやら最終話の納品に間に合わなかった人間は作品自体の責任を取らされるらしい。3話目以降評判はダダ下がりでディスクの売り上げもパッとしないので、その部分の責任を押し付けようとしているらしい。そこは制作進行個人に責任を持ってこられないだろうと思うのだけれど、上の目ばかり気にしているデスクが言うのでそれで評価が上がったりするのだろう。  目を輝かせて入社した時が懐かしい…。とんだブラック会社だ。他の会社の知人に話を聞く限り、さすがに責任を個人に押し付けはしないようなのでおかしいのだと思う。転職経験ないから何とも言えないところだけど。  責任を取らされてはたまったものではないので、会社の近くに住んでいて車を持っていた親友を思い出して頼み込むのを思い立った。3日前に休みに入ったとメールが入ったので多分家にいるだろう。  連絡を入れるより訪ねた方が早いので、カバンを持って外に行こうとするとデスクに呼び止められた。 「お前は担当なんだから、落としたら最低でも今月の給料は無いと思え!」  ドスの聞いた低い声でそんな事を言ってくる。…いくらなんでもそんな事は法律的にできないのではと思うのだけど、デスクの目を見ているとただの脅しでは無いと思えてくる。 「静岡に入ったし、そろそろ目的地教えてくれてもいいんじゃないか?俺も目的地が分からないと結構辛い。」  俺が出発当初言えなかった言葉である[山口県]を聞き出そうとしている。確かに目的地が分からないと不安だ。その不安が事故に繋がる可能性があるので親友の顔色を伺いながら恐る恐る言う。 「実は~…、山口県までお願いをしたいと~…。あ、お礼はちゃんとするから!!」 「…お礼はどうでもいいから、お前通る場所の天気状態を確認しろ!」  親友は少し青ざめた顔をしながらアニソンがかかっていたオーディオをラジオに切り替えて聞き入る。俺は不思議に思いながら静岡から西の天気を確認するといくつかの件で雪が降っていると出ていた。 「…マジカ。お前が切羽詰まった顔をしていたから言えなかったんだけどな、この車スタッドレスを履いていない。ノーマルだ。」 「は!?お前、毎年タイヤ替えてなかった!??」 「今年は寒波の影響か年明けにしかタイヤ交換の予約が取れなかった。それまで車に乗る予定無かったから放置した。」  驚愕の事実を言ってくる。免許を持っていない俺でも雪道をノーマルで走ると危険だと分かる!前に親友が雪よりもむしろ凍結のが怖いと言っていたので雪が降っていない地域が安全とは言い切れない。 「…俺にはお前の仕事の重要性が分からない。ただお前の今作っているアニメは正直面白くない。でもそれは俺の私見で面白いと思っている奴もいると思う。アニメや漫画自体は俺も好きだし、お前がアニメ業界に入るのを夢だと思っていた事を知っている。だからお前が決めろ。今持っていく物に命を懸けるか、それとも断念するのか。」  スピードを緩めずに話をしてくれる親友。確かにアニメ製作に関わっていきたいと昔から思っていた。でも、今の会社の事に親友の命までかける価値があるのか?  少しの時間をかけて考えて俺は親友に決断を伝えた。
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