絶叫

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 あれは、大学入試を間近に控えてバタバタしていた頃だったと思う。  昼休みに教室で寝ていたら、クラスの男子がボクのところに血相変えてやって来たんだ。 「おい、『あの娘』が来てるぞ! しかも、お前を呼べって!」  びっくりして、ボクが教室の入り口を凝視すると。  そこには少し恥ずかしそうな顔をした『彼女』が、いつもの女友達を連れて立っていた。  ……いや、どう考えてもボクとは接点ないし!  ドキドキしながら、ボクは席を立って彼女の元へと向かった。 「ど……どうしたの?」  多分、まともに喋った事さえ、この時が最初じゃなかったと思う。何かのタイミングで相槌を打ったり、「おはよう」程度の挨拶ぐらいはしているけども。  彼女はボクの1コ下の2年生だから、3年生の教室が並ぶ廊下をウロウロするだけでもハードルが高いはずだ。なので、友達に着いてきて貰ったのだろう。 「ん……? あの……」  俯き加減に、彼女は切り出した。 「実は……少し、数学で分からない問題があって……」  そう言って微笑む彼女の手には、付箋を挟んだ教科書が握られていた。 「え……?何処?」  恐る恐る、ボクはその教科書に目を移す。  ……いやいやいやいやいやいやいやいや。『それ』は無いよ!『それ』は! だって、ボクは彼女に『自分は数学が得意で』なんて話をした覚えそのものがない。  確かに、高校に入ってからは少し真面目に勉強したから中学の時よりは『マシ』だと思う。けど、決して自慢が出来るほどでもないし、自慢した記憶もない。  なのに、どうしてボク……?  その問題は2年生で習う関数で、ボクにとって『分からない』という類の問題じゃなかったけど。  何しろボクの頭の思考回路は『????』が集団テロリストのように占拠してしまい、何処をどう解説していいのか、全く制御不能に陥りかけていた。 「……と、いう感じなんだけど。……分かったかな?」  なるべく平静さを保とうとはしたけれど。  多分、声は震えていたじゃないかと思う。少なくとも手は小刻みに震えていて、抑えるのが大変だった。それくらいボクは緊張していたし、舞い上がっていたんだ。  彼女が「ありがとう」と小さく答え、はにかみながら去った後で。  ボクは教室中の男子から尋問に掛けられるハメになった。 「なんじゃぁ!あの娘と、どういう繋がりなんだ! 素直に吐けこらぁ!」 「そんな事言われても、普段あの娘とは挨拶くらいしかしないんだ、ボクにも分からないよ!」  その応酬。    納得しない男子達の質問というより詰問。嫉妬と怒りの怨嗟。  その迫力が怖くなかったと言えば嘘になるけど、それ以上に何か『誇らしい』というか『嬉しい』というか。  ああ、人生って悪くない。  ボクは、そんな風に考えていた。
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