9人が本棚に入れています
本棚に追加
「なぁ、タケル。あの問題、解けるようになた?」
いつしかアズミは僕のことを〈キミ〉ではなく名前で呼ぶようになった。
一時的に現世に戻るためには、ほんとにやらなきゃいけないことが多かった。そのほとんどは、現世でやってきた悪事を省みるような授業。定期的に行われる試験もあった。試験に合格するために、アズミは常に僕と一緒に授業を受け、合格するためのアドバイスをくれた。
「タケルって意外と女泣かせだな」
「なんで?」
「同じ学校の女子から貰ったバレンタインのチョコ、食わずに川に投げ捨てたんだろ?」
「ま、まぁね」
「最低……」
「知らない子だったし」
「ふつう食べてあげるでしょ?」
「たしかに」
「アズだったら、絶対にタケルみたいな男、イヤだわ」
「僕だって、わざわざアズミを選んだりしないよ。もっとおしとやかな子を選ぶね」
見知らぬ場所で学んだり試されたり。それはまるで合宿みたいだった。ただ、アズミと四六時中一緒にいるととても楽しくて、生きてる心地すらした。もう、生きてなんかいないのに。
「いよいよ明日だな」
「うん」
「ちゃんと伝えてきなよ、大切な人に」
「わかってる」
「一時間しか現世にはいられないから気をつけろよ。でさぁ──天国に戻ってきたらさぁ──」
そこまで言うと、アズミは黙った。
「ん? どうしたの?」
「なんでもない。悔いのないように行ってらっしゃい。で、ちゃんと戻って来いよ! 約束ねッ」
アズミの笑顔はいつもと違って少し寂しそうに見えた。それは、出会ってから初めて彼女が見せる表情だった。
最初のコメントを投稿しよう!