ヘヴンズ・リグレット

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「懐かしい……」  鼻から思い切り空気を吸い込む。冷え切った冬の夜気ですら、裸になって触れたいくらい気持ちよかった。  そうだ、モタモタしてる暇はない。僕に許された時間は、たったの一時間。佳奈と同棲していたマンションに行って、彼女に伝えなきゃ。あの日、言えなかった「愛してる」って言葉を。  住み慣れていたはずのマンションの前に立つと、妙に緊張が走った。自分が住んでいた部屋の明かりを、ストーカーのように眺める。しばらくボーッとしていると、窓から漏れる明かりが消えた。外出するのだろうか。僕はマンションの隣に立つ電柱の影に身を潜めた。 「佳奈だ」  予想通り外出する様子の佳奈。半歩だけ足を動かしたものの、なぜだかそこから前には進めなかった。  プロポーズのために指輪を買ったその帰りに、飲酒運転の車にはねられた。即死だった。僕を殺した凶器が大量の酒気を帯びていたことは、天国(アッチ)でアズミから聞かされた。悔やんでも悔やみきれなかった。あれから佳奈はどんな思いで毎日を過ごしたのだろう。想像しただけで胸が苦しくなる。  佳奈の姿が見えなくなったあと、僕は近くを散歩してみることにした。許された時間は限られている。でも、生きてるってことを感じたかったから。  公園のベンチに並んで座る恋人たち。きっと今が幸せの絶頂なんだろうな。塾から帰る子どもたちが、自転車で通り過ぎる。こんな遅い時間まで、勉強ご苦労さま。旦那が不在の間に楽しみを満喫してきたのか、何度か見かけたことのある近所の主婦たちが、酒の匂いを漂わせながら高笑いしてすれ違う。誰も僕のことなんて気にもとめない。そりゃそうだ。この光景を特別に感じているのは僕だけ。みんなからすれば、変わらない日常なんだから。
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