ヘヴンズ・リグレット

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 駅前に立つ時計塔。残された時間はあとわずか。焦ってマンションへと引き返す。すると、偶然にも佳奈が外出先から戻ってくるところだった。呼び止めようとしたけれど、またもや躊躇してしまう。  僕は佳奈に「愛してる」を伝えて、何がしたいんだ。佳奈の未来にはもう、僕はいない。それなのに独りよがりな言葉を伝えてどうしようっていうんだ。残された佳奈の気持ちを、本気で考えたことがあるのか? 本気で佳奈のことを愛しているからこそ、違う言葉を伝えるべきだと思った。  もう時間がない。伝えなきゃ。オートロックが解錠され、佳奈がマンションに吸い込まる。僕は開じかけたエントランスのドアから滑り込んだ。またしてもストーカーのように後ろ姿を追う。エレベーターに乗る佳奈。一緒に乗り込むのはさすがにマズイ。僕はエレベーターの奥にある非常階段を走った。3階まで全力疾走で駆け上る。重い扉を開け、通路に出た。佳奈は玄関の前に立ち、カギを探しているところ。肩で息をしながら、ゆっくりと佳奈のそばへと向かう。  それでもまだ躊躇っていた。彼女が既に心の整理を終え、僕のことを忘れ去っていたとしたら? だとしたら、こんな風に無責任に姿を現すべきじゃないはずだ。  玄関のドアが開いた。その瞬間、一時間前に感じた粘液のような感覚が、足元から襲ってきた。これはきっと、天国からの合図だ。もう終わってしまう。佳奈に二度と会えなくなってしまう。  僕は走り、閉まりかけのドアに向かって叫んだ。 「佳奈! ありがとう!」  ドアが完全に閉まる。玄関から僕の名を呼ぶ佳奈の声が聞こえた。視界がどんどん薄くなり、空からの引力に身体が浮き上がった。再び玄関ドアが開く。もう何も見えなくなる。ドアから出てきた佳奈は、泣きながら微笑んでいた。そんな風に見えた。
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