Einfuhlung:いつかは、わたしをいざなう永遠

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「行きたくない、じゃありません。行ってください。それが、浅月さんのお仕事です」 ケースワーカーの野口香奈は有無を言わさず信也を断酒会に参加させた。肝性脳症で倒れて半年後、ようやくリハビリを終えた信也は生活保護を受けながら治療を続けていた。 院内にはアルコール依存症患者を対象とした自助グループがある。そこで悩みや体験を語り合い、断酒につなげようという試みだ。たいていの専門病院にはこのような組織が併設されていて、入院者は半ば強制的に通っていた。一度でも酒におぼれた経験のある者をソーバーと呼び、十年を越える猛者はざらだ。中には人生の三分の一をソーバー歴が占めるという人もいる。 「…それで、俺の人生は何なんだという疑問に辿り着いたわけです。でも、考え直しました。こんな俺でも大勢のスタッフが支えてくれている。少なくとも皆さんに恩返ししなきゃ。それで、もう少し生きてみようかなって」 信也が壇上で頭をさげるとまばらな拍手が起こった。クローズなメンバーなので話す内容は毎回同じで新鮮味などあるはずもなく、大半はうつろな目で聞き流していた。 しかし、こうでもしないと飲酒欲求を頭から追い払う事ができない。依存症は別の依存に付け替える方法でしか脱却できないのだ。それで断酒会はミーティングの運営やメンバー同士の交流に依存先を設定している。院外から通院してくるソーバーは日に二つ三つ会場を掛け持ちするケースも多い。断酒会に参加すると生活保護費とは別途に交通費が支給されるのだ。 ふと、どこからかかわいらしい歌声がした。 「生きてみよう♪ 生きてみよう♪ 君のレーゾンデートル♪」 会議室の隅に見慣れない女がちょこんと腰かけている。 「えっと、誰だっけ?」 信也が香奈に耳打ちすると、前々回のミーティングから参加した新人だという。この春、大学を卒業したばかりで就活に失敗した反動からか、アルコールにおぼれたという。珍しくもなんともない経緯だ。 「藤崎優実。テレスコープの追っかけなんだって」 「テレ…なんだっけ?」 「テレスコープ。知らないの? 夏末健がこりもせずにプロデュースした…」 「ああ、セーラー服ぱらり系の…」 そこまで言って、信也は思いっきり腕をつねられた。いつの間にか優実が詰め寄っている。 「沙月さんはそんな子じゃありませんっっ!」 「いててて!」 信也は腫れた腕をさすりつつ、壁ドンを受けた。
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