Einfuhlung:いつかは、わたしをいざなう永遠

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「外出許可? それも高森台の量子天文台ですって? ガテン系の信也君がどーいう風の吹き回し??」 野口加奈は腰に手をあてて信也の顔をじいっと睨みつけた。 「あわわ、よ、よもや隙あらば呑もうって、そ、そんな魂胆じゃありません、よ、よ…」 抜き足差し足で出て行こうとする信也を香奈がなおも問い詰める。 「で、ですから。りょっ、りょうし、力がっくの、べん、べん」 しどろもどろになる信也。そこで香奈は信也の台詞を付け足した。 「テレスコープのライブを観に行くんでしょ? ついでにあわよくば握手なんぞ」 彼女はどこからともなく、CDジャケットを取り出した。それも片手でクジャクの羽のように広げる。 「あわ、あわ。だから、とだ、とだ」 「戸田沙月。よーくも、国民の貴重な血税をこーんな物に」 信也の足元に乾いた音を立ててプラスチックケースが重なる。帯には握手券封入と記されている。 香奈が指した図星の要約はこうだ。病院からバスで15分ほどの距離に国立大学の観測所がある。国立高森大学付属量子天文学研究所は、最先端の量子光学機器を使って世界初の量子天体観測を成功させた施設だ。量子天文学とは光学式の望遠鏡を用いずに遠方の天体を探る分野で詳細は香奈の専門外だ。ただ、少子高齢化による志願者減少に悩む高森大学はあの手この手で受験生を募っており、遂には専属のアイドルグループまで結成した。 それがテレスコープだ。黄道12星座にちなんで12名のメインボーカルと研究生からなる。その一角を元カノが占めているとすれば観に行かない選択肢はないだろう。 カプリコーンの沙月。それが彼女の愛称だ。ショーツが見えかくれする丈のスカートで衆目を気にせずステージ一杯に駆け回る。マイクを角のように突き立ててサビをシャウトするさまは一角獣に相応しい。 女の藤崎優実が女性アイドルに熱をあげる動機を信也はさっぱり見いだせない。それでも「あたしの推しなんですぅ」と強引に薦める彼女に信也は気圧されるばっかりだった。 「ま、こいつでもいっか。なんか、けなげでかわいいしな。沙月とは同じステージで人生をあゆめそうにないし」 すっかり彼氏気取りで腕を絡めてくる優実。信也はこいつが嫁さんになればいいのになと淡い恋心を抱いていた。
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