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「朝霧、5年前孕んで産んだでしょう。男だったから、外の農家に里子に出したんですわ」  遊郭では堕胎法があったが、その方法は直接胎児を串でさしたり水銀を飲むなど、遊女の命にも関わるものでもあった。花魁や人気の女郎になると死なれては困るので、女ならそのまま遊女とし育て、又、里子に出したりしていた。 「……」 「今はこう無口ですがね、まだ声変わりしていない声なんか、朝霧そっくりで」 「へえ……よく見つけたもんだ」 「いやあ、街に出て驚きました。禿の朝霧がいたかと思って……いやはや、大きい収穫だ」  手放すんじゃなかったな、二度手間だと、気分の上がっている楼主を無視し、老婆は静かに男子(おのこ)を見つめていた。 「……陰間(かげま)に私の知り合いがいる、それに仕込ませるよ」  老婆が煙を吐きながら、灰を落とす。楼主は、パァっと明るくなり、助かりますわと笑った。これから取れる金のことを思うと、楼主は意気揚々とそろばんをはじき出す。ずっと俯いている子供の頭を見ながら、老婆は呟いた。 「……女も地獄、男に生まれても地獄にゃ、ここは本物の地獄さね」 「なんか言いやしたか?」 「……いや、なんも」  廊下で耳を立てていた遊女たちは驚き、早速他の遊女に伝えようとバタバタと走って行く。その足跡に気づき、楼主は一瞬顔をしかめた。 「あいつら、盗み聞きしてやがったな……」 「ご主人、ご主人……」 「なんだァ?」 「……朝霧の馴染みは金持ちが多かったから、同じくらい金取れるってぇ算段ですね」 楼主に、狐男がこそりと耳打ちする。 「そう、そうだ! はは、俺の目に間違いはないだろう!」 「さすが、ご主人!」  俯いている男子(おのこ)の頭を強めに、ポンポンとはたいた。形のいい頭を叩くその姿は、鞠をつくタヌキのようだった。老婆はその様子をあきれた様子だった。 「……夕霧」 「なんですって?」 「……坊主の名前だよ。夕霧はどうだい」  と呟いた。頭が金のことばかりになっている楼主は、老婆の方を振りむき、それはいい名前だ!と声を張り上げた。 「おい夕霧! 良い名を付けてもらったな!」 「……」 「辛気臭ぇ、笑顔のひとつでも見せろってんだ」  その男子(おのこ)ーー夕霧は、依然着物を握りしめうつむき、唇を噛んでいた。
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