77人が本棚に入れています
本棚に追加
/55ページ
「朝霧、5年前孕んで産んだでしょう。男だったから、外の農家に里子に出したんですわ」
遊郭では堕胎法があったが、その方法は直接胎児を串でさしたり水銀を飲むなど、遊女の命にも関わるものでもあった。花魁や人気の女郎になると死なれては困るので、女ならそのまま遊女とし育て、又、里子に出したりしていた。
「……」
「今はこう無口ですがね、まだ声変わりしていない声なんか、朝霧そっくりで」
「へえ……よく見つけたもんだ」
「いやあ、街に出て驚きました。禿の朝霧がいたかと思って……いやはや、大きい収穫だ」
手放すんじゃなかったな、二度手間だと、気分の上がっている楼主を無視し、老婆は静かに男子を見つめていた。
「……陰間に私の知り合いがいる、それに仕込ませるよ」
老婆が煙を吐きながら、灰を落とす。楼主は、パァっと明るくなり、助かりますわと笑った。これから取れる金のことを思うと、楼主は意気揚々とそろばんをはじき出す。ずっと俯いている子供の頭を見ながら、老婆は呟いた。
「……女も地獄、男に生まれても地獄にゃ、ここは本物の地獄さね」
「なんか言いやしたか?」
「……いや、なんも」
廊下で耳を立てていた遊女たちは驚き、早速他の遊女に伝えようとバタバタと走って行く。その足跡に気づき、楼主は一瞬顔をしかめた。
「あいつら、盗み聞きしてやがったな……」
「ご主人、ご主人……」
「なんだァ?」
「……朝霧の馴染みは金持ちが多かったから、同じくらい金取れるってぇ算段ですね」
楼主に、狐男がこそりと耳打ちする。
「そう、そうだ! はは、俺の目に間違いはないだろう!」
「さすが、ご主人!」
俯いている男子の頭を強めに、ポンポンとはたいた。形のいい頭を叩くその姿は、鞠をつくタヌキのようだった。老婆はその様子をあきれた様子だった。
「……夕霧」
「なんですって?」
「……坊主の名前だよ。夕霧はどうだい」
と呟いた。頭が金のことばかりになっている楼主は、老婆の方を振りむき、それはいい名前だ!と声を張り上げた。
「おい夕霧! 良い名を付けてもらったな!」
「……」
「辛気臭ぇ、笑顔のひとつでも見せろってんだ」
その男子ーー夕霧は、依然着物を握りしめうつむき、唇を噛んでいた。
最初のコメントを投稿しよう!