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夕霧の白い肌を、喜八の手が滑っていく。その肌は女のような柔らかさは持っていなかったが、絹のように滑らかであった。
着物から伸びたガラスのように折れてしまいそうな腕や首に、唇を落としていく。夕霧は、これまで感じたことのないような幸福感に包まれながら、細い喉を鳴らす。
夕霧の瞳からは、絶えず涙が溢れていた。幸せなのか、つらいのか、悲しいのか、否、全てか。よくわからない感情が涙となって溢れ出ている。
「旦那さま……」
そういい、喜八の首に腕を回す。
蔓のように伸びてくる腕に、喜八は覚えがある。この妖艶さも、可憐さも、覚えがある。
けれど、たしかに、喜八の前にいるのは朝霧ではなく、夕霧であった。凛と、しかし、どこか支えてやらないと崩れそうな夕霧の目から離せなくなった。
「夕霧」
ぐいと引き寄せられた耳元でそう囁く。夕霧はその囁きに目を見開き、また一層涙と溢す。名を呼んだだけで泣かなくとも、と喜八は困ったように笑った。
「だって、旦那様」
「幾らだって名を呼ぼう……夕霧も、名で呼んでおくれ」
「……喜八様」
「夕霧」
赤い着物が、はだけて白い肌が見えている。月夜に照らされた肌は一層光って見えた。赤い着物と、白い肌。火照った桃色の頬が眩しかった。少し乱れた髪が、細い首に張り付き妖しさも出している。
「綺麗だよ」
「……嬉しい、喜八様」
大きな満月が見える窓を背に、その姿は綺麗という言葉では表せないほどであった。夕霧は、悲しげな、しかし幸せそうな笑みを浮かべる。
どうしてこんな形でしか会えなかったのだろう
どうしていればよかったのだろう
どうして
二人、肌を重ねながら思い、泣き、鳴く。
夕霧の声は、今までにないほど綺麗で、細く、悲しかった。
喜八はそれを聴きながら、眉間にしわを寄せる。その感情が、悔しさなのか、悲しさなのか、不甲斐なさなのかは、誰にもわからない。
月夜が入る部屋で二人、感情に溺れ、恋に溺れた。夕霧は、それが、救われないものと知りながら。
「喜八様……」
夕霧の声が、無情に、部屋に響いた。
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