夜明け

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夜明け

   夕霧は閉じている目をパチリと開けた。そもそも寝てなどいなかった夕霧は、まだ暗い空を見上げる。吐く息が白かった。歯はカチカチとぶつかり、手はブルブルと震えていた。寒さからではない。これからする事の危険さに震えていた。 「……これから」  夕霧は、静かに障子を閉める。狭くなって行く空を見ながら、これからこの何倍もの空の下に出るんだと思う反面、しくじったらもう見る事のできない景色だと夕霧は思った。  着物が包まれた風呂敷を、震えた手で解く。その不甲斐ない手を、夕霧はぎゅうと強く握った。冷たくなった指先が手のひらに食い込む。 「……大丈夫」  少しだけ暖かくなった指先が、つるりとした風呂敷にあたる。中に入っている着物は、外で目立たないようにとそれ程上質な生地ではなく、ざらりとした肌触りであった。ずるりと着物を引きずり出す。闇夜に紛れられるような、暗く、目立たない色をしていた。  夕霧はすくりと立ち上がる。きらびやかに身にまとった着物を脱いでいく。足元に積み重なった華やかな着物の中に立つのは、白い肌をした、男であった。  夕霧は、何も凹凸のない自分の胸をぺたりと触る。ちらりと横を見ると、ちょうど鏡に自分が写っていた。  きらめく簪が刺さった大きな重い髪の下は、貧相な男の体で、なんとも不釣り合いである。 「……汚い体だよ」  そう呟くと、乱暴に簪をむしり取っていく。同じく足元に落とされる簪は、色とりどりの着物の上に重なっていく。足元に積み重なっていく煌びやかなものたちは、夕霧にとって辛い思い出で、ただの重い枷であった。 「ああ……軽い……」  腕をぐ、と伸ばす。その姿は蛹からでる蝶のようであった。痛く辛い思い出を身にまとっていた蛹は、生まれたままの姿に、本当の姿を露わにしていく。例えそれが、身にまとっている方が綺麗だとしても。  全てを脱ぎ終わり、足元にある思い出たちを踏み、送られた着物を手に取る。ザラザラとした着物の肌触りと、寒い部屋の空気にぞわりとしながらも袖を通した。歩きながら着物を着て、鏡台の前にどかりとあぐらをかく。  ボサボサになった髪と、まだ化粧が残っている顔。そして、喉仏のある首が、濃紺の着物から伸びている。 「さよなら」  夕霧は、銀色に光る刃物を、ぐ、と握りしめた。
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