夜明け

4/5
77人が本棚に入れています
本棚に追加
/55ページ
 揺れる船で、東雲は立って漕いでいる夕霧を見つめた。 「今頃、みんな気づいているころだろうね」 「そうかぁ」 「昼見世までにはバレるだろうよ」  東雲は頬杖をつき、ため息をついた。上を見つめると、目の前に広がる一面の空が嬉しかった。 「でもまあ……髪を切ってくるなんて思わなかったよ」  夕霧の頭は、剃刀で雑に切ったようにまばらになっていた。手ぬぐいでほっかむりしてるとはいえ、髷を結っていない髪はちらりと見えるだけでおかしかった。 「朝から漕いでいるから随分遊郭から離れたけど、念のためもう少し離れたら床屋で髷結ってもらおう。」 「でも、相当怪しまれるだろう」  そういうと、袖から巾着を東雲に渡した。ジャリ、と金属が擦る音と、小さい巾着の割にずしりと重かった。東雲は不思議そうに紐をとくと、一両二両……と、小判が重なっていた。 「うわ! なんだいこれ、夕霧の?」 「袖に入っていた」 「入っていた、って……」  一枚渡せば、怪しむだろうが内密にやってくれるだろうとぶっきらぼうに呟く。その大金は、喜八の粋な計らいだと言わずともわかった。それだけ言うと、ただ行く先を見てギイギイと漕いでいる。  昼の日差しに照らされた夕霧は逆光で、東雲からはどんな表情をしているのかわからなかった。 「……それにしても、東雲の夜鷹のふり、うまかったじゃないか」 「褒めてんのかい、そりゃ」  ははは、とからりと笑う。漕ぐために捲っている袖から伸びる腕も、濃紺の着物から伸びる首の喉仏も、もうそこには、‘‘夕霧’’としての‘‘女’’の姿は無かった。 「……髷を結ったら、寄りたいとこがあんだ。」  そう言うと、また一生懸命にぎいぎいと漕いだ。
/55ページ

最初のコメントを投稿しよう!