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ああだこうだと話しているうちに、喜八の屋敷の前に着いていた。勘吉は口には出さないが、いつみても立派な屋敷だと仰ぎ見る。 「じゃあ、喜八、また!」 「ああ、また」  大きな屋敷の前で門をゆっくりと見上げる。ハアと重たいため息をついた。この遊郭に行った後、我が家に帰る罪悪感も久方ぶりであった。昔と違い喜八は嫁を取っていたので罪悪感も増して感じていた。 「……やましい事をしたわけじゃないからな」  自分に言い訳するようにぼそりと呟くと、大きな門もくぐった。玄関に明かりがぼんやりとついている。その明るさは、いつもは暖かさを感じる色であったが、今日ばかりはどきりと胸を跳ねさせた。 「おかえりなさいませ」 「起きてたのか」 「起きていて不都合なことでも」 「い、いや」  そういう訳ではないのだと、すこしどもってしまう。夜中とは思えないしゃんとした格好で出迎えた妻は隣町の大きな商人の娘であり、いわゆる政略結婚である。 「もう夜も寒い。風邪を引くから早く寝なさい」 「お楽しみでしたか?」  冷ややかな声は、冷たく長い廊下を這い、喜八を刺した。その冷たい痛さに喜八は肩をすくめる。風邪を引くからと思いやりの言葉など、細切れになって無くなっていくのが分かる。思いやり、などと言っているが、ただ自分が負い目を感じただけであった。先ほど当てられた、冷たい風よりもツンと尖っている。 「……勘吉がね、お楽しみだったみたいだよ」  私は別に、と含みを持たせる。椿は、そうですか、と変わらず冷たい表情をしたまま、長い廊下をパタパタとかけていった。喜八はその後ろ姿を見て、また罪悪感に駆られた。 「何かしたわけではないし……」  そう罪悪感を拭おうとすればするほど、朝霧の思い出が、はっきりと胸に、暖かく光ってくるのであった。
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