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町で大きな商いをしている喜八は、何年かぶりにこの街へと足を運んできた。その理由は喜八の隣にいる満面の笑みをした幼馴染、勘吉であった。軽い足取りで歩く勘吉の大きな口の端は、常に上を向いていた。 「喜八は何年ぶりだ? やはり賑やかだなあこの街は」 「いやぁ……俺の来ていた頃とはだいぶ違う」  赤い提灯、建物から聞こえる宴会の賑やかな声を仰ぎ見て、困ったように白髪混じりの髪をかき、フウ、とため息を一つ吐いた。賑やかな声も、妖艶な提灯も、ひとつひとつに目がチカチカした。もう何年も来ていない遊郭の雰囲気に圧倒されながらも、勘吉の後ろを歩いてゆく。  喜八は繁盛している店の旦那であった。当然着ている着物も派手ではないが質のいいものである。老けたと言うものの、もとから顔の整っている喜八には遊女の視線が集まっていた。ちらりと格子の中に目をやれば、喜八の目を引こうと、赤い紅を塗った小さい唇から煙を吐くもの、切れ長の美しい目で誘うもの、其々であった。尚のこと、いい着物を着ているので、繁盛している商人だということが分かったからであった。 「そういや、喜八はお気に入りがいたよな。……朝霧だったか、その店行って見るか? 」  たしかこっちだったよな、と呟くと勘吉は歩き出した。おいおいと呼び止めると、不思議そうな顔をして勘吉が振り返る。 「なんだ?」 「ずいぶん昔のことだ……もうここにはいないと思うが」  色々な病気が蔓延し命を落とすこの街で、再会は無理だと喜八は思った。勘吉は、そうか、とすこし気まずそうに口をしめ2人の間にはすこしの沈黙が流れた。そんな2人に木の格子からするりと蔦のように白い腕が伸びて喜八の袖をつかんだ。 細い腕にしては力強く、ぐいと引っ張られると、格子に肩をつける形になる。随分と強引だと顔を見る。喜八はやれやれ、と夜空を仰ぎみたものの、勘吉はその女を見るや否や、目を見開いた。 「旦那様たち、この街でしんみりなんて似合いんせん。ほら、お酒でも飲んで……」  ね? としなやかに首かしげる。顔が小さく目が切れ長で、綺麗な女であった。2人の視線がその女に注がれると同時に、勘吉の目がギラリと光った。そう、勘吉の好みだったのである。  喜八の袖をつかんでいた白く細い手を、岩のような男らしい手のひらで包んだ。 「是非! この店で遊んで行こう!」  あまりにもギラギラした目に、あら嬉しい、と女はすこし苦笑いで答える。フンフンと鼻息の荒い勘吉を横目に喜八は、お前は楽しめ、とぼそりと呟き歩いていく。  そもそも、勘吉に無理やり連れてこられた遊郭だ。女を買いたいと言う気持ちで来ておらず、この浮世離れした街を楽しもうと下駄を鳴らしながら徘徊していた。おしろいの匂いや花の匂いが立ち込める。その匂いにクラクラしながらも喜八は散策していた。  きっと町の方は明かり一つなく静かだろうが、ここは眠らない街……いや、赤い提灯で寝ているのか起きているのかわからないような気分にさせる街である。
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