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行為が終わった後、男は布団に寝転がったまま煙管をふかしていた。夕霧はその様子を見て、東雲から出る煙はあんなに綺麗に見えるのに、これは何故こんなにも嫌に見えるのであろうかと、煙管を吸う男をまじまじと見ていた。
その視線に気づいた男が夕霧に目をやる。なんだ、と短く問いかけると、何か話さねばと夕霧は口を開いた。
「煙管、素敵でありんす」
話題作りに煙管を持っている男の手に触れようとした。その瞬間、パシッと部屋に乾いた音が響く。男が、夕霧の手を叩いた。じわりと、白い手が赤くなってゆく。
いきなりのことに、夕霧は目を見開いた。
「朝霧はそんなこと言わなかった」
「あ……」
ハア、と分厚く醜い唇から煙を吐く。私は、朝霧ではないのに。……抱かれる体ではないのに。言葉をぐっとこらえ、申し訳ありません、と手をしまった。
時間が過ぎ、男を見送る。手を振る夕霧を、長い廊下の中で、一度も振り返らずに男は帰っていった。
朝霧と重ねられ、夕霧として抱かれず、女としても見られず、男としても見られていないような惨めな感覚に夕霧は陥る。そんなことは日常茶飯事だったが、まだ心がすり減らない。
早く擦り切れてしまえばいいものを、いっそののと、はやく心も涙も枯れてしまえと、叩かれた白い手をさする。ぼんやりと赤く腫れた手は、もう痛くなかった。
朝霧でもなければ、女でもない。しかし、朝霧と重ねられ、女として扱われる。
「……わっちは……」
何物なのであろう。女としてみるには、少し角ばった手に一滴涙が落ちた。
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