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昼
「ほら、さっさと歩くんだ」
時は今から10年前、紅葉のような手小さい手を太い腕が掴み引いていた。それに引っ張られるように、まだ5つにも満たない男児が草履を擦り歩いている。頭は剃られ、紺色の着物を着ている。どこからどうみても男子で、遊郭に連れてこられるはずはなかった。店の扉がガラリとあき、今の容姿とさほど変わらない狐男が、おかえりなさいませ、と言い出てきた。
楼の主人と手をつないでいる幼子をみると目を見開き大きな口を開けた。
「ご主人さま! 男じゃないですか」
どうしたんですか! とうるさく問い詰める狐男に、楼主はうるせぇなと耳に指をつっこんだ。
そんな騒がしい状況でも、幼子は下を向き自分の着物を握りしめている。雨の降ってない地面にポトリ涙が落ち、乾いた地面を濡らしていた。
「陰間茶屋にでも紹介するんです? ……それとも陰間茶屋もやるんですか?!」
「ギャアギャアうるせえな……うちで働かすんだよ!」
「でも、下男は足りてるって話ししたじゃないですか」
「客を取らすんだよ!」
楼主がそう言った途端、狐男は先程より目を見開き、あんぐり口をあけた。驚きすぎて声も出ない狐男を押しのけ横を通り、楼主に引っ張られながら店に入っていった。
「耄碌なすったんですか!」
「ああ、うるせえうるせえ!」
狐男は、ひとしきり騒ぎ、我に帰ると待ってくださいよ! と2人を追いかけ勢いよく扉を閉めたのであった。
女だらけのこの店に広い座敷にちょこんと男子が座っている様子は不自然で、色々な遊女が代わる代わる廊下から覗いていた。
「なあに、何かいるの?」
「シ! 声が大きい、男だ男。下男かい?」
「小さすぎるでしょ、それに下男ならこんな座敷通さないわよ」
「じゃあ客?」
「馬鹿」
くすくすと騒つく遊女たちに痺れを切らした楼主が一喝すると、蜘蛛の子のように散っていった。煙管をふかしている老婆が、ジロジロと坊主の顔を見る。
「ね、似てるでしょう?」
楼主がニヤリと笑う。ひとつも表情を変えない老婆は、しわくちゃで骨のような手で男子の頬を掴み、上下左右に動かして穴が空くほど見ていた。小さな力で対抗しようと、まだ小さい顔は老婆を睨むが全く意味がなかった。
「……似てる。どっから探してきたんだい、こんなの」
老婆が顔から手を離し、煙管を吸う。煙が顔にかかると、男子はゲホゲホと顔をしかめ噎せた。
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