第九章 末路

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 翌日、身体に気を使いながら、ゆっくり身を起こすと、一階へ降りた。  壁に寄りかかって座り、ぼんやりと考え事をしていた。  精神的に人間を壊すというのは、殺すよりも(たち)が悪い。何度か人の心を壊してきた霊斬だったが、恒の壊れっぷりは恐ろしかった。無防備の人間を傷つけることに罪悪のひとつも感じない。人を傷つけ苦しませることを楽しいと感じてしまう。恒のあの表情……恐ろしくて霊斬の脳裏に焼きついている。 「あんなふうには、なりたくないな」  霊斬はぼそっと言った。  ――依頼人のためというのは聞こえがいい。しかし、この擦り切れそうになる感覚はなんだ? 今さら、心が痛んでいるのか? だが、この感覚、いつもあったように思う。  霊斬は難しい顔をして、考えた。  それから数日後、まだ傷の癒えない霊斬の許に、依頼人が訪れた。 「それで恒伊助はどうなりましたか?」  奥の部屋へ通すなり、依頼人が口を開いた。 「精神的に壊しておきました」  霊斬は硬い声で告げた。 「怪我をしたのですか?」  着物の間から覗く晒し木綿を見た依頼人が、そう問うた。 「ええ、まあ。いつものことですから、ご心配なく」 「では、お礼を」  依頼人はそう言って、小判十五両を差し出した。 「ありがとうございます」  霊斬はそう言い、袖に小判を仕舞った。 「またなにかありましたら、お越しください」  霊斬は深々と頭を下げた。  翌日、休業している霊斬の許を、千砂が訪れた。 「邪魔するよ」 「今日はどうした?」 「様子を見にきたんだよ」  霊斬は苦笑した。 「大人しく休業しているからいいだろう?」 「まあね。依頼はきていないかい?」 「ああ」  霊斬はうなずく。 「なら、良かった」  千砂は胸を撫で下ろし、尋ねた。 「怪我の方はどうだい?」 「だいぶ良くなった。熱も引いた」 「そりゃあ、良かった。無茶するんじゃないよ」 「分かっている」  霊斬は彼女の忠告に、苦笑して答えた。 「そうかい、あたしはこれで」 「またな」  霊斬は軽く右手を振った。
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