序章 穏やかな日々

1/2
18人が本棚に入れています
本棚に追加
/143ページ

序章 穏やかな日々

 時は江戸。天下泰平の世。  暖かな春の日差しが降り注ぐ中、賑やかなそば屋に一人の男がやってくる。 「いつものをひとつ!」  と注文するのは、鍛冶屋幻鷲の店主 (げん)(しゅう)霊斬(れいざん)だ。背が高く、歳は二十八。黒の長髪は後ろでひとつに括り、端正な顔立ちをしている。引き締まった身体つきをしており、青の着物を着ている。 「はい! 空いている席にどうぞ!」  と元気に答えるのは、黄色の小袖を着て前掛けをしている、()()である。霊斬とは対照的に小柄で、歳は二十五。お盆を片手に客の間を器用に通りながら、奥へと引っ込んでいく。  空いているいつもの席に腰を下ろすと、常連客に声をかけられる。 「幻鷲さんは、いつもそば、頼むのかい?」 「ああ」  霊斬は短く答えた。 「俺は温かいそばだな」 「そうか。今度気が向いたら、食べてみるか」 「そうするといいぜ。美味いから」  常連客はにやりと笑うと、その場を離れた。 「お待たせしました! ご注文の品です」  千砂が言いながら、そばを机に置く。 「いただきます」  霊斬はそう言ってそばを食べ始めた。  その様子を見て、笑みを浮かべた千砂は、他の客の許へ早足で向かった。  霊斬がそばを食べ始めて、十分ほどで平らげると、のんびりとお茶を飲む。 「いかがでした?」  千砂が器を片付けながら、尋ねてきた。 「いつも通り、美味かったぞ」 「ありがとうございます!」  嬉しそうに笑う千砂を見ながら、銭を置くと、霊斬はそば屋を後にした。
/143ページ

最初のコメントを投稿しよう!