18人が本棚に入れています
本棚に追加
/143ページ
序章 穏やかな日々
時は江戸。天下泰平の世。
暖かな春の日差しが降り注ぐ中、賑やかなそば屋に一人の男がやってくる。
「いつものをひとつ!」
と注文するのは、鍛冶屋幻鷲の店主 幻鷲霊斬だ。背が高く、歳は二十八。黒の長髪は後ろでひとつに括り、端正な顔立ちをしている。引き締まった身体つきをしており、青の着物を着ている。
「はい! 空いている席にどうぞ!」
と元気に答えるのは、黄色の小袖を着て前掛けをしている、千砂である。霊斬とは対照的に小柄で、歳は二十五。お盆を片手に客の間を器用に通りながら、奥へと引っ込んでいく。
空いているいつもの席に腰を下ろすと、常連客に声をかけられる。
「幻鷲さんは、いつもそば、頼むのかい?」
「ああ」
霊斬は短く答えた。
「俺は温かいそばだな」
「そうか。今度気が向いたら、食べてみるか」
「そうするといいぜ。美味いから」
常連客はにやりと笑うと、その場を離れた。
「お待たせしました! ご注文の品です」
千砂が言いながら、そばを机に置く。
「いただきます」
霊斬はそう言ってそばを食べ始めた。
その様子を見て、笑みを浮かべた千砂は、他の客の許へ早足で向かった。
霊斬がそばを食べ始めて、十分ほどで平らげると、のんびりとお茶を飲む。
「いかがでした?」
千砂が器を片付けながら、尋ねてきた。
「いつも通り、美味かったぞ」
「ありがとうございます!」
嬉しそうに笑う千砂を見ながら、銭を置くと、霊斬はそば屋を後にした。
最初のコメントを投稿しよう!