太古の門 白い花

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太古の門 白い花

 ひしめく木々の向こうに、黒い影が見えてきた。足もとの藪を払いながら近づけば、巨大な祭壇を思わせる、苔むした太古の寺院が姿を現す。朝もやが晴れ、木漏れ日が降り注ぐ。朽ち葉に埋もれた石の基壇に足をかけると、門柱にとまっていた極彩色のオウムがけたたましく鳴いて密林の奥に消えた。 「うわっ。なんだ、オウムか。はあ。」  叫び声が、むなしく響いた。 「まったく、いつ来てもおっかないところですな。」  十六にもなる大の男が、びくついて大声をあげたことを恥じながら、ルタは独り言ちた。大昔に打ち棄てられて荒れ放題の寺の門は、上の方が崩れ落ち、草や苔が生えていた。人物や動植物の見事な彫刻で重厚に縁どられている。両側の壁もやはり、絡み合う蔦や蛇や鰐、蓮の花、頭頂に髪を丸く結った戦士や得体の知れぬ魔物の彫刻でびっしりと埋め尽くされている。なにをまつっていたのかは知らないが、本来はオウムも顔まけの極彩色の寺だったのだろう。地の漆喰の白や、朱色や翡翠色がかすかに残っている。  壁はルタの背丈の倍も高く、寺院を方形にぐるりと囲んでいる。今いる正門は南向きで、そのほか東西に二か所ずつと、北側に小さな裏口のあることを、ルタは自分の目と足とで熟知していた。  門をくぐると、すっかり見慣れた四角い廃墟が眼前に広がった。ひときわ大きな煉瓦積みの塔を中心にして、幾多の大小の塔が蜘蛛の巣状に規則正しく並んでいる。あちこちが崩れ、塔の屋根にも、点在する中庭にも、石畳の隙間にも草が根を張り、緑の海さながらだ。  入ってすぐの中庭に小さな池があり、見上げるばかりのプルメリアの巨木が、星のような白い花を咲かせている。いったいどれほどの月日を風雨にさらされてきたのだろう。幹は割れて枝は稲妻のように垂れ下がり、地に伏してこちらを睨みつけているように見える。  ルタはこの力強い獣のような大樹に、親しみをこめて「門番」と名付けていた。木の姿が、尻尾を逆立てて牙をむく、白い番犬を想像させるからだ。 「やあ、きょうも来たぞ。」  いつもの癖で声をかけた。門番のやつ、泥棒をしに来たおれにあいさつなんてされても腹が立つだろうなと、毎度のことながら思う。―そのとき、ざわりと強い風が吹いて、白い花がさらさらと揺れた。ルタは首をかしげた。こんな朝早くに、夕立の雷雨の前のような強い風が吹くなんて。池の水の波立ちが妙にゆっくりと感じられた。少し遅れて、花の香が鼻孔をついた。凛とした、心の落ち着く香り。ここに来るといつも感じる、プルメリアの花の香りだ。 「まあ、そんなこともあるか。」  それより、早く取るもの取って帰らなくては。ルタはふたたび独り言ちて気を取り直すと、ごりごりとごつい肩を鳴らし、目当てのものを探し始めた。
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