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十二のルタ その二
ひとつ、またひとつと蛇の石像を確かめながら森を北西に進み、日が傾きかけるころ、寺はルタの前に姿を現した。神なのか魔物なのか得体の知れない異様な姿の像が幾重にも彫刻された門が、赤い夕日を浴びて黒々と影を落としていた。そのときはまだ十二の子どもだったルタはさすがに恐ろしくて膝が震えたが、腹を据えてこの寺の中で夜を明かすことにした。
日が落ちる前に蜘蛛の巣状の道を歩き回り、結局、門に近い小ぶりの塔を一夜の砦と定めた。盗賊や獣の気配はなかったが、小さな火を焚いて、夜どおし獣除けの赤い実をくべ続けた。
朝方にようやくうつらうつらと浅い眠りについて目が覚めると、火はすでに燠火で、どこからか爽やかな甘い香りが漂ってくる。不思議に思って中庭に出れば、白い花を満開に咲かせた無骨な巨木が、朝日を浴びて池のほとりにたたずんでいた。それが「門番」の大樹だった。
朝日と花の香が、ルタの臆病心を流し去った。しかし、いざ歩き回ってみれば、太古の寺はすでに過去に何者かに荒らされたあとだった。宝どころか、壁面の彫刻に埋め込まれていたであろう貴石の類も、あらかた叩き壊され持ち去られている。あるのは瓦礫の山ばかり。同じようなことを考える恐れ知らずの泥棒が、自分より前にも大勢いたらしいと悟ると、落胆のあまり涙が込み上げてきた。
それでも、なにか町で金に変えられるものはないか、すこしでも残っていないかと歩きまわるうちに、あちこちで薄紅の花を咲かせている蓮の花に目がとまった。大金は無理でも、これなら母が生前に町で売っていた見事な織物ぐらいの価値があるかもしれない、と直感した。それに蓮は、母が好んで何にでもよく織り込んでいた紋様でもあった。
はじめはヤシ皮の袋に鉢を入れても担ぐこともできずに、何日間も地面を引きずって町まで運んだ。袋に入れたときは満開だった蓮も、町に着くころにはすっかり散ってしまっていた。苔や黴のしみに覆われた水鉢はただの薄汚い石臼同然で、とても売り物にはならなかった。つぎには満開ではなく蕾を選び、町へ行く前には母との墓磨きを思い出しながら丁寧に鉢を磨き、だんだんと腕力もついて、駆け引きのこつもつかんだ。そして再び雨季が巡る頃には、直感どおり、ルタは妹の薬代と伯母一家へのお礼とに十分な金を、自力で得ることができるようになっていた。
はじめこそ秘密を通していたものの、村の者たちはルタの所業にうすうす気づき始めた。「呪われた男」と呼んで近づかなくなった―森の奥の幽霊寺に通っては、呪われた宝を持ち出して町で売っているらしい。今に気が狂うぞ、見ろ、目つきがおかしいだろう。もしかすると今季の稲が実らなかったのは、あいつが呪いを村にまき散らしているせいではないか?―思った通りの反応だった。狭く貧しい村の中で、隠しおおせるようなことではなかったのだ。見通しが甘かった。
それまで親しくふざけ合っていた仲間も、なにかと気にかけてくれていた大人たちも、みなルタを避けるようになった。石を投げさえした。ルタはそれも仕方のないことと受け入れた。
ある日ついに、ルタと父親は、村はずれの誰も住まない暗い沼地に居を移さざるを得なくなった。田に呪いを持ち込むからと、共同水田に立ち入ることも禁止され、米も町で買うようになった。親しく話す友もなく、酒浸りの父は廃人同然となり、明るかったルタの暮らしは一変した。アーシャの薬を買うのにほかにやりようがなかったか、十六になった今となっては時折、考えることもある。ルタは呪われた、孤独な男となり果てて、四年の月日を過ごしてきたのだった。
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