卒業式

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卒業式

 周りの誰もが目に涙を浮かべて、後輩や先生方と言葉を交わしている。  まだ冷たい3月の風が顔に当たり、涙が今にも乾いてしまいそう。  私には乾く涙も、思い出のある後輩もいない。  来月から始まる大学生活に想いを馳せ。  もうこの高校生活に何も名残はない。  「すいません。里村さんですか。」  右肩をとんとんと叩かれ、振り向いたその先に居たのは、誰だ。  「えっと、どちら様ですか。」  「西宮です。あの僕と同棲しませんか。」  「え?もう一回お願いします。」  「僕と同棲しませんか!」  「は、はい。」    「とりあえず、これ連絡先と住所です。」 『西宮和門(にしみやかずと)』。  1度も話したことのない彼に急に同棲をお願いされてしまった。  そして、つい、「はい。」と返事をしてしまった。  連絡先と住所が書かれたちっぽけな紙は丁寧に書かれた彼の字で埋まっている。  丁寧に書いたであろうその字もやはり、男の子らしさを感じられた。   その紙を凝視していると、どこからか、ほのかに甘い女物の香水の匂いを感じた。  母親のものなのか。  彼女のものなのか。  違う。   紙から発せられたものではない。  周りの生徒の保護者からする、甘ったるい臭いだ。  その小さな紙を見ているうちに彼の姿はもう目の前からなくなっていた。  「西宮君。西宮君!」  いない。  もういなくなってしまったのか。  とりあえず、電話を掛けるのが1番か。        ~♪  「もしもし。えっと、里村さんだよね?多分。」  「はい。私です。」  「ごめんなさい。今、時間なくて。良かったらその住所の家まで行ってみてください。鍵はポストの下に貼り付けてあるので。僕の家なのでそこで待っててください。誰もいないので安心して。用事が済み次第、僕も帰ります。じゃあ、急いでいるので切りますね!」        プツン  普通に切られてしまった。  仕方なく彼の家まで向かうことにしよう。  普通なら、断るのに。家に行くことすらしないのに。  普段、人と関わることが嫌いなのに。  ましてや、男の子なのに。  寂しかったのかな。
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