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 ぼさぼさ風に整えた髪型にスーツ姿の、姿安保川修二(あぼかわ・しゅうじ)が、筒入りの大学卒業証書を持って、半蔵門駅の地下階段から歩道に出てきた。  春だと思いう、空を見上げた。  空気は冷たいけど、快晴の空から降り注ぐ日差しは暖かい。  歩道へ向き直り、新芽の香りを嗅ぎながら、革靴の音を響かせて先へ急いだ。  幅広い門の前で足を止めて、顔を引き締めて敷地内の建物を見上げる。  門の前には、厳重な装備の警備員が数名立っている。  敷地内にはバス5.6台分の駐車場、その奥には「総合民主党」と掲げられたコンクリート製の10階建てのビルがある。  修二は門の前の守衛達と、慣れた様子で挨拶を交わして建物へ向かった。  入り口の扉を通り抜けると、目の前では党員達が昼食の話をしていた。  慌てて、深々とお辞儀をする。 「こんにちは。安保川修二です。父がいつもお世話なっています」  党員達は「おっ」という意外そうな顔で修二へ向くと、すぐに笑顔になった。  その中の一人、30代後半と思しき、短髪にパンツスーツを着た女性議員、田口誠子(たぐち・せいこ)が、笑顔で卒業証書を指した。 「こんにちは修二君。卒業おめでとう。安保川さん応接室よ。」 「有難うございます……」  会釈をして立ち去ろうとしたとき、ふと、講義中に抱いた疑問を思い出した。些細な事ではある。無知な学生のような疑問だ。  住民税とはなんだろう?  本来なら、大学の講義で質問するような内容だが。現職の国会議員と大学教授から聞く言葉では重みが違う。そう思ったのだ。  しかし、今は父に呼ばれている。それに多忙な議員を足止めするのも悪い。  結局、言い出しかけた言葉を飲み込んで、深々とお辞儀をしてから、建物の奥へ向かうことにした。  背後から「入党待ってるわよ」と、田口の明るい声が聞こえると、修二は振り向いて笑顔を返し、また歩き始めた。  この時には、もう住民税の事は頭から消え失せ、父の用事とは何であろうかと考えていた。
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