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エピローグ
ナズナが消えてしまった日から、長い月日が流れた。
目が見えるようになったムスカリは、神に体を奪われた罪人を保護する団体を設立した。
その団体に良い顔をする人間は少なかった。
なんといっても、罪人の集まりである。
前世で体を神に奪われるほどの罪人。
今世では何もしていないとしても、その本質は穢れている。
そういった考えで、保護団体に嫌がらせなどをする人間が当然のごとく出てきた。
しかし、そういった企みは、ムスカリによって全て看破された。
誰が、いつ、どういったことをしようとしているか。
全てをムスカリには見通すことができた。
まるで、瞳自体がムスカリを守っているかのようだった。
悪魔と契約して特殊な魔眼を手に入れた毒婦と、ムスカリは呼ばれるようになる。
時がたつにつれて、新しい事実が判明した。
神に体を奪われた罪人。
彼らは、通常とは違う特殊な魔力を持った人間だと判明したのである。
通常の人間よりも強力で、しかも、その人間にしか使えない特殊な魔力だった。
その有用性に気付いた人間は、手のひらを返した。
神に体を奪われた罪人を保護していたムスカリは、毒婦から一転して、罪人扱いされていた彼らを助けるために、神から瞳を賜った聖女になった。
ムスカリ自身は、そのことについて、何も言わなかった。
瞳をくれたのは、神ではなく一人の透明人間だ、
そんなことを言ったところで、誰に理解されるわけでもない。
それに、ナズナとのことを誰かに言うことを、ムスカリは嫌った。
ナズナの生きた証は、あの晩、部屋に置かれていた書類と、ムスカリの瞳。
そして、ムスカリの心の中にある思い出だけだ。
ムスカリに害をなそうという人間は、ほとんどいなくなった。
80歳で、ムスカリは穏やかに息を引き取った。
ムスカリが死んだ日のことを話そう。
その日、ムスカリは屋敷の芝生に椅子を置き、本を読んでいた。
暖かな昼下がりだった。
周りでは、ムスカリが保護した、かつて、罪人と呼ばれていた人たちが談笑し、その子供たちが芝生を走り回っていた。
彼らはムスカリを慕って、彼女を訪ねてよく遊びに来ていた。
その場にいた彼らの証言だ。
ふと、顔を上げたムスカリが、驚いた顔をしたそうだ。
そして、何もない虚空へと向かって両手を伸ばした。
その手つきは、何か大事なものを扱うような、愛おしいものを撫でるようなそんなものだったと言われている。
座ったまま、何度も何度も、何も見えない空間を撫でるムスカリの様子が、多くの人に目撃されていた。
やがて、ムスカリの腕は力をなくし、だらんと垂れ下がった。
すぐに死亡が確認された。
穏やかな最期だった。
その死に顔は微笑んでおり、一筋だけ涙の痕が残っていた。
ムスカリが何も見えない場所に何を見ていたのか。
それを知る者は誰もいない。
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