回想 出会い

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回想 出会い

ムスカリは、ナズナと出会った日のことを思い出していた。 盲姫と呼ばれ、生きてきた14年間。 ムスカリはただ、寂しかった。 父親は、厳格で公正で、ムスカリを大事にしていた。 それは、世間で迫害される罪人を丁重に扱っていただけだった。 何人かいる兄弟たちは、ムスカリに近づこうともしなかった。 盲目がうつるとでも思っているようだった。 使用人も、陰でムスカリを盲姫と呼んで蔑んでいた。 いくら貴族でも、所詮は盲目の、神に瞳を奪われた罪人だった。 誰からも望まれず14年間を生きた少女は、死んでもいいと思うほど、孤独だった。 だから、ナズナと出会った時、ムスカリは思わず微笑んだ。 「やっと、二人きりになれたわね。  ところで、貴方は、妖精さん。精霊さん。それとも幽霊さんかしら。  私以外には、見えていないみたいだけど」 冗談めかして言ったが、当時のムスカリが本当にそんなことを思っていたわけではない。 どこかの諜報員か。 それとも、暗殺者か。 最初にナズナが部屋に入ってきた時、ムスカリは暗殺者ならいいな。と思った。 自分を殺す相手が救いの主に見えた。 わざわざ私を殺しに来てくれてありがとう。 その思いが、自然とムスカリの表情を笑顔へと変えた。 このまま、罪人として孤独に朽ちていくだけならば。 死んでしまった方がよほど楽だ。 そう思っていた。 力ないムスカリの笑みに、ナズナが笑い返した。 そのことが、ムスカリにはわかった。 目が見えないムスカリに、何故それが分かったか。 姿の見えない透明人間の笑みが、何故ムスカリに伝わったのか。 疑問に思う人もいるかもしれない。 けれど、人と人とが通じ合う瞬間と言うのは、そういうものだ。 余計な理屈は必要ない。 生まれた時から暗やみに生き、色彩を知らない人間だとしても。 心が通じ合った時の胸の彩りが、幾万の花弁となって世界を極彩色に塗り変えるのを感じることはできる。 ナズナが好意的な笑顔を向けられたことがないように、ムスカリもまた、憐憫や嘲り以外の笑顔を返されたことなどなかった。 父親でさえも、向ける笑みは親子の愛情によるものではなく、罪人への同情の性質を強く帯びていた。 いや、そもそも、目の見えないムスカリに対して、表情を作るということをする人間がほとんどいなかった。 彼らの憐憫や、嘲笑、無関心、そういった見えない感情は、全て皮膚を通ってムスカリの体内へとしみ込んできた。 「私は、ムスカリ。貴方はなんていう名前なの」 ムスカリは、ガラス玉を受け取るかのように、両手を前に出す。 その手のひらが、冷たく、硬いものにあたった。 ムスカリは、最初、自分がガラスの彫像を手に持ったのではないかと錯覚した。 けれど、それは勘違いだとすぐにわかった。 人の顔の形をしたそのガラスは、ムスカリがゆっくりと撫でるだけで、卵の殻をはぐように、温かさと柔らかさを増した。 そして、撫でるたびにムスカリの胸の中からも、同じ温かさが溢れてきた。 「俺は、ナズナという」 目の前から、ぼそぼそとした男性の声がした。 これが、ムスカリとナズナとの、最初の出会いだった。
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