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悪人たちの生き方
世界の登場人物といえば、汚い人間と薄汚れた溝鼠。それが、このスラムの街だった。ここで全うに生きようなんて、どれほど素晴らしい才能を持った人間でも不可能だろう。
此処では、誰がなんと言おうと汚いことに手を染めながら過ごすしか生き残る術がない。だから、俺たちのような弱者を足で踏みつけて胡坐をかいている悪人をぶん殴って、盗みを働く。
だが、今日はツイてない。食べ物が一つも手に入らなかったし、襲った相手が元軍人だかでこちらも深手を負う羽目になった。
もう一歩も動けない。
なにより、空腹で眩暈がする。そういえば、かれこれ三日くらい食糧調達に失敗している。
とうとう終わるのか。呆気ないな、と俺は死期を悟りながら暗くてゴミ捨て場のような汚臭のする場所で目を閉じる。背を預けた混凝土の壁は、昨日積もった雪のように冷えていた。
最悪な人生だったと、俺が意識を手放そうとした時だった。
ザリ、と小さな足音がした。
死にかけの俺の意識は引っ張られ、瞼を無理やり開かせた。
そこには、薄汚れた小さなドレスを纏った少女が立っていた。
「……んだよ、ガキ。そこに居るとぶっ殺すぞ」
そんな体力も残っていないくせに、俺は少女を睨みつける。少女はルビーのような赤く大きな瞳を瞬かせ、何の躊躇もなく歩み寄ってくる。
「っ……おい、それ以上来たら殺すぞ」
もう上手く動かない手で少女を指さす。それでも、少女はペタペタと素足で歩いてくる。こんな極寒の中を裸足で歩いてきたのか、雪と同化してしまいそうなその白い足は赤く腫れて切り傷だらけだった。
「……ん」
「は?」
「ん、んー!」
少女が俺に向かって何かを差し出した。言葉を話さず、赤子のように喚くような声をあげながら。
首を傾げながらそれを見れば、少女が差し出してきたのは、小さなパンだった。焼き立てでも何でもない、見るからに硬そうなパンだった。
それでも、俺にとってはご馳走だった。
俺は奪い取るようにそのパンを受け取り、みっともなくかぶりつく。
その様子を見ていた少女は、何故か心底嬉しそうに笑っていた。
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