ネオンの微熱

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△  △  外で求められるなんて珍しい。  なんて調子に乗った罰だったんだろうか。  言葉を出す前に目を見開き駆け出して行った樋本晴久を掴もうとした手さえも届かなかった。  最悪だ。最悪だ。いいことなんて何もありゃしない。   「お前のせいだ!!」  怒りに任せて入間さんの胸倉をつかんで投げ捨てる。後ろの廃油缶にあたりすごい音を立てて入間さんが尻もちをついた。  俺の怒鳴り声もあって、人目につかない路地裏に野次馬のように人がたかる。すぐさま起き上がった先輩が笑顔を浮かべて、警察でも呼ぼうとした人たちに何でもないと言っている。   「ふざけんな、ふざけんなよ!」 「悪かった。俺が悪かった浩二」 「ふざけんなよ!どうしてくれんだよ!?あいつ俺と瀬津が付き合ってると思ってんだぜ!?」 「悪かった」 「ふざけんなよ…最悪だ…最悪だ」 「浩二…?」  ぼたぼたと涙が溢れてくる。何だよこれ、意味わかんね。俺が泣いていることに気がついた先輩が驚いたように手を伸ばしてくる。その手を払いのけたら、さらに困ったような顔になった。   「なんて言えばいい?瀬津にどう言えばいい?どうしてくれんだよ!何してくれたんだよ!?ふざけんな!!」 「こ、浩二…そんな泣くなって…」  とめどなく溢れてくる涙が頬を濡らしていく。  俺の中で何かがぷつんと切れた音がした。   「ひっ…う、うぅ…もう嫌やぁ」  行き場をなくした先輩の手が忙しなく動いている。入間さんのそんなにおろおろとした顔も始めて見た。  けどそんなこともどうでもよかった。もう何もかもどうでもいい気がした。   「嫌やもう…あんたはいつまで経っても俺のこと、セフレ程度にしか見てへんし、おれのことなんてちっとも考えてへん」 「浩二」  宥めるように先輩が呼ぶ。震える息を吐いたらしゃくりあげて変な声になる。   「……もう終わりや」  鼻をすすりながら言い切った途端、涙で視界が見えなくなった。 やめとけよ、なんて自分に思う。もう分かっただろ。この人と一緒にいても俺が辛いだけ。   「終わりや。あんたとおっても、なんもええことあらへん」  最悪だ。いっそのこと実家にでも帰っちゃおうかな。無理矢理お見合いでも結婚でもなんでもしようかな。そうしてかわいい奥さんもらって、ちょっと頑張って子供作って、この人には掴めなかった幸せを俺が手に入れるんだ。  はは、最高な人生だ。笑えるくらいまっとうな人生。  …ああ、でもだめだ。この人地元さえも近いんだ。なんだよ。結局俺の居場所なんてどこにもないじゃないか。  身の程を知れって?男好きのゲイにはちょうどいいって?  クソだな。みんな大っ嫌いだ。はやくくたばれ。生きてる意味なんてあんのか?生きてる価値なんてあんのか?誰も幸せになんてならずに一生働き続けろ経済をまわせ。  先輩も一生一人だな。だって男しか好きになれんもん。ざまあねぇな。  あ、でも瀬津には幸せになってほしい。あいつは可愛いから許す。俺が幸せじゃなくてもあいつの幸せは許す。  涙を腕で拭った。入間さんをさりげなく見上げると、さっきまでおろおろと困っていたというのに、ぎゅっと眉をひそめて般若のような顔になっていた。怒ってる。こんな顔見るの久々だ。  もういいさ。どうでもいいよ。怒るなら怒れよ。思う存分怒鳴れよ。さっさと終わりにしろよ。もう二度と俺の前に現れるな。   「おい」  表の路地に出て行こうとしたら腕をきつく捕まれる。聞いたことないくらいの低い声に思わず体が震えた。   「どこ行くんだよ」 「どこ?どこってそんなんあんたがいない場所に決まってる」  ぎゅっと掴まれた腕を握られた。痛い。絶対後で跡になるはずだ。爪も食い込んで血でも出そう。   「ふざけんな」  ドスの聞いた声で先輩が言った。その声で腹の底が冷えた気がする。振り向いた先輩の顔はぽつぽつと濡れていて、一瞬泣いているのかと焦った。その後すぐに土砂降りの雨が降ってきて全身を濡らしていく。  なんだ、雨か。  濡れることなんてなんとも思わなかった。  俺はちょっと期待していたらしい。ひょっとしたら先輩にも衝撃を与えられるんじゃないかって。最悪だ。そんなこと期待する自分が気持ち悪い。 「……何、これ。餞別?」 先輩が俺の胸に叩きつけるように押し付けた小さな箱は、見覚えのあるものではなかった。 睨みつけるように見上げると、眉間にしわを寄せてこめかみに青筋浮かせた先輩が口元を震わせていた。 「さっさと開けろ!!」 「うわ、うるさいな」  滝のような雨が肌を叩く。先輩の怒鳴り声なんて激レアもんだけど、思わず素で言い返してしまった。  とはいえ今にもブチかましそうな先輩のオーラに引きつつ従う。  殴りつけるような雨に吐き出した息が白くくもった。手元は暗いし雨で視界はくもる。小さな箱を落とさないように開けた。
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