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 〇  高校三年生の春、まだ将来のことを考え始めたばかりといってよい。各々が進学や稼業を継いだりと進路を気にしてそわそわとしていた。とはいえ、ここはど田舎の山奥だ。ほとんどが小学生から、もっと言えば生まれた頃からの付き合いをしている。そんな環境で育った人間が一年後にはバラバラの場所で過ごしているということを考えるほうが難しいはずだった。  中学生へ上がってからここへ預けられた俺はそんな中では少し浮いた存在なのだろうと思う。突然もうすでに出来上がったコミュニティへ投げ込まれた俺がここまで受け入れられやってこられたのはきっと晴久のおかげだ。   「瀬津、父さん来月に一週間くらい帰ってくるみたいだから」 「来月か…たぶんちょうど面談あるから…」  それまでには進学か就職か、どんな大学を目指すのか、決めておかなければいけない。進路をまるで考えられていないのは俺も同じだった。  田舎特有の広すぎる家で二人で夕食を食べている時、いつも和やかな顔で一言もしゃべらずご飯を食べている栄さんが今日は珍しく口を開いた。一緒に暮らす栄さんは父方の祖母だ。能天気で不器用な父親とは違い、おしとやかでしっかりしている栄さんは正直父さんよりもずっと子供の面倒を見るのに向いている。事実俺は実の父親ではなく祖母に預けられているわけだけど。  仕事の都合で海外で暮らす父親とは年に二回も会えればいいほうだった。今年はきっと俺の進路のことがあるからで頻繁に帰ってきてくれているのだと思う。一見すると、普通の家庭とは違ってはいるのだろうけど、俺はこの生活が嫌いではない。きっと都会の忙しなさよりもこの落ち着いた田舎の雰囲気が自分に合っていたのだろう。  環境が変わったところで抱える悩みに変わりはなかったけれど。結局いつも俺はハルのことを考えていて、延々とうじうじ悩み続けている。いつだって俺は憂鬱で、気持ち悪いくらい一人の男ことしか考えていなかった。  しかし高校三年生、タイムリミットはもう一年をきっていた。進路もまともに考えられないのに、自分でも拗らせすぎたと自覚するこの恋心をどう終わらせればいいのか分からなくて、頭がパンクしそうだった。進路、勉強、部活、ハル。  気を抜いたら漏れ出す溜息をひっそりと飲み込んだ。  
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