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「そういや瀬津んとこって引退いつ?」
放課後部活に向かう俺にそう聞いたのは軟体動物のようにでろんと机に突っ伏していたハルだ。俺はバレー部に所属するが、ハルはサッカー部に入っている。一応三年生でもまだ引退はしていない部活が多い。さすがに三年だから、とみんな部活にでながらも進学するやつは受験勉強も始めている。ほとんど何も考えられていない俺は部活に出て、家に帰れば夕食を作り、といままでと全く同じ生活をしていたが。危機感がないわけでもないが、圧倒的に自分のやりたいことを何も見つけられていないのが現状だった。
「俺は6月のインハイ予選で引退。ハルは?」
部活にはいかないのか?ハルの足を横目に見てその言葉は飲み込んだ。
「んん~まあたぶん俺のとこもそんなんじゃない?例年そうだし」
「…やっぱり引退までに復帰は難しい…?」
「まあ、ね」
相変わらず眠そうに顔だけこっちに向けていたハルはなんとも言えない表情で笑った。ハルは今左足を故障している。もうケガからはずいぶんたつが、いまだに足を引きずり気味だし、もう引退までに戻れないことは正直明らかだった。真面目なハルが徐々に部活に出なくなったのは三年に上がってからだ。
最近のサッカー部の微妙な空気間は別の部活の俺にも伝わってくるから、いろいろあるのであろうことは分かる。ただ、どう声をかければいいのか俺はいつも分からなかった。
「今日は行ってみようかな…一年の面倒みなきゃいけねーし。終わったら待ってるわ」
「あー…分かった。じゃ、頑張れよ」
部活にいくのか行かないのか、結局ハルは机に突っ伏したままおれにひらひら手を振って動かなかった。
「ケガ…なあ」
運動部に入ってしまえば一度は悩むことがあるだろう問題。ケガが原因で部活に来なくなったやつはバレー部にも今までにいたが、そいつを責めるようなことは俺の経験では今までになかった。それはきっとそいつらがやめたくてやめたわけではないからだろうし、周りの人間もそれを分かっていたからだ。お互いがフォローをしあって尊重している結果だった。
ただ、ハルの部活は今少し揉めている。エースで、人一倍責任感もあるハルが部活から遠のいている原因はそれだろうと思う。ヘラヘラしながらもケガと闘い苦渋の決断をしてきたハルをまじかで見てきた俺には、今のハルの部活の雰囲気がどうにも見ていて苦しかった。
外は穏やかで生温かい五月特有の風が吹いている。ゴールデンウイークも過ぎ、すっかり桜は瑞々しい葉桜になっていた。これ以上ないくらい気持ちのいい天気なのに、やっぱり俺の心は憂鬱だった。
「せっちゃん今から行くところ?」
「あ?ああ、うん」
廊下で声をかけてきたのは同じバレー部で部長の笹山だった。笹山はもう部活着を着ている。
「せっちゃんのクラス毎回終わるの遅いよな」
「まぁ確かに体育館行くの一番遅いの毎回俺だよな」
「それだから余計にみんな心配するんだよ。先週も休んでたろ、学校」
体育館への渡り廊下を歩いていた。木陰に重なった渡り廊下には涼しい風が吹き、伸びてきた前髪を揺らす。陸上部のストレッチのカウントの声、野球部のアップの声。部長の声はそれらに交じって流れていった。
「瀬津」
返事をしないでいたら、少し切羽詰まったように笹山が呼んだ。
「大丈夫だって。季節の変わり目には弱いんだわ、俺」
毎回同じようで違う言い訳ばかりしているからか、笹山が諦めたように溜息をついた。生暖かい風が通り過ぎる。
「ま、試合に出てくれれば何も言わねえけど。悔しいけど迷惑かけてるわけじゃねえし。サッカー部みたいには俺もなりたくないしな」
俺の休み癖については笹山は出会って半年くらいでもう半ばあきらめている。それでも罪悪感がないわけではないから視線をさまよわせていたら、部室棟の前に集まるサッカー部が目に入った。もちろん自然と視線はハルへと向かう。なんだかんだで部活には行ったようだった。それでも一人だけ制服姿で、練習に出る気がないことは明らかだった。
悲しいような微妙な気持ちになる。
ぼーっとしていたからか、笹山が俺の視線を追って一瞬顔をしかめた。
「サッカー部の噂、そんなに広まってるのか?」
「まあ、俺も知ってるくらいだし」
部長とキャプテンの対立。別に珍しい問題じゃない。
「だって風間と樋本だぜ?目立たないわけないだろ。それにしても、かわいそうだよな樋本。風間もあたりが強すぎる。ま、分からないでもないけど。この時期エースが試合にでれないってのはさ」
他人事のようにそう言うと、笹山は体育館の重い扉を開けた。
「集合!」
さっきまでとは打って変わったきりっとした様子でミーティングの合図を出すと、自主練をしていた部員はわらわらと集まった。やっぱり俺以外の部員は全員先に来ていたみたいだ。毎度のことだ。
「ああ!せっちゃーん!おせえよ」
「せっちゃんまた一段と白くなったな」
「せっちゃん更衣室のドア壊したろ!」
俺を見るなり文句をいうやつ、皮肉を言うやつ、自分の罪をなすりつけるやつ、どついてくるやつ。毎度のことだ。
そんな俺を見ながら笹山が手をたたいた。
「はい、せっちゃんをいじるのは後にしろ!ミーティング始めるぞ」
なぜか小さいころからやたらといじられる俺だけど、バレー部が今まで揉めずにすんでるのは、それ七割くらい俺のおかげなんじゃないの?
うぬぼれて調子にのってもいいことはないから心の中で密にそう思った。
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