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 日も傾き始め夕暮れの空はピンク色に染まっている。ひんやりとしてきた空気をいっぱいに吸い込んだ。校則で制服以外の登下校は禁止になっているから、部活後の男子は汗をぬぐうのに必死だ。そこかしこで制汗剤の匂いが漂う。正面玄関の前の階段に座っていたハルを見つけると、思わず腕で顔を覆い制服の匂いを嗅いでしまった。  俺、臭くないかな…。中部活は熱がこもるからいつも汗臭い。肩にかけていたタオルで顔や首元をぬぐった。 「うわ…汗くさ」  自分で自分の汗臭さにひきながらおどおどとしていたら、振り返ったハルとまっすぐに視線が合った。ハルは俺を見つけるとすぐにパアっと笑顔になった。いつも思うけどほんと犬みたいだ。なんでこうまっすぐに俺を見つけられるんだろうと思う。でも俺はそれがたまらなく嬉しいのだった。  急いで走ってくるハルを見ながら俺は心の中で友達、と呟いみた。そう、友達。どんなに嬉しくても、どんなに心臓が気持ち悪いくらいドキドキしていても、友達。  それでいい…それで。…いいんだよな? 「お疲れせっちゃん」 「おう、お疲れ。俺いま汗臭いから、あんま寄るな」 「ええ?汗臭い?そう?」  あろうことか、ハルは俺のこめかみあたりをすんすん嗅いだ。   「うおおおバカ!なんだよ!」  何、何?近い近い。  身長は少しだけハルの方が高いから、確かに並ぶとこめかみあたりが鼻には近いけども!いつもそれなりに近い距離感で接してはいるが、たまにこういう不意打ちをされると流石に隠し切れない。バクバクとなる心臓の音が聞こえやしないか心配でたまらなくなってきた。 「いや別に臭くねーよ。いつものせっちゃんだけど。まあちょっと熱気は感じるけど」  熱気?何それ俺の下心?なんかヤバイ、頭回らなくなってきた。 「昼間は暑かったからなー、体育館はキツイだろ。さっきバレー部の奴らに会ったけどあいつらも湯気でてたもん。あ、はは、瀬津も顔まだ赤いし」 「あ、ああ暑い。うん、襟元から何かむわっとくるし」  顔が赤くなりやすいこの体質を呪いたい!  熱気って言い方の問題だよな、うん。部活後で上気した顔の男はそこら中にいる。隣のハルは涼しい顔で立っていたが。ケガをする前はそれこそ赤く上気した顔で俺を待っていて、お互い冬でも汗だらだら流して帰ってたっけ。だんだん汗も引いて今度は寒くなって。 「帰るか」 「…今日ちょっと歩かね?」  さっきまで笑っていたハルの声がワントーン低くなった。思わずビクッと体が震えた。  俺たちは地元の高校に通ってはいるが、通学にはバスと電車を使い一時間半ほどかかっている。山の下の駅までバスで降り、高校まで電車を使う。 「いいけど、どっち?」  電車を使う時間の方が長いが歩けないわけでもない。もともとバスにしろ電車にしろ駅まで歩く時間のほうが長いのだ。   「んー山道、歩こうぜ」 「…坂大丈夫なのか?」  なんとなく嫌な予感がした。いつもバスで降りている山を歩いて登るのは膝に負担がかかるはずだ。  でもそれより怖いのは、そんなふうに歩くときは決まってなにか大事な話があるときだということだった。 「ああ大丈夫よ。リハビリ、リハビリ」  ふふんと笑ったハルが何を考えているのか俺には分からなかった。笹山は幼馴染の風間の考えていることはなんとなく分かる、と言っていた。  俺はなんとなく風間のことを頭に思った。  俺にはハルの考えていることなんてこれっぽっちも分からなかった。
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