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[1] IGNORE
目の前で赤い血しぶきを巻き上げる魔法少女たちがいる。その横では、犠牲に動揺することなく確実に魔獣を仕留める別の魔法少女たち。そんな彼女らを私は一人で今日も見ていた。
魔法が使えないわけではない。
ただ、この当たり前の常識が
「魔獣を倒す」
それだけのことなのに、私にはどこか気がかりなのだ。
なぜ? 理由なんて説明ができない。できているなら、している。
ただ、どこか物語のように作られた常識がそこにはあって その理が絶対となっているのだ。そして、私はもう...
目の前で無意味に死にゆく魔法少女を見たくなんかない。
自分が、その危機に瀕しているという事実から逃げ出したい。
それだけが、私の中にある最重要な気持ちだ。
だが、
政府が、国民が、世間が それを阻む。魔法少女が戦わないなんて選択肢なんて存在しないこの世界で私のような考えや気持ちは「バグ」でしかない。
***
「そうですか。どうも」
電話を切ると僕は、回転いすの上を無意味に回った。 その様子を見た、同僚の四葉が あきれながら 遊ぶなと釘を刺す。
モニタを開くと、そこには見慣れたひとりの少女のデータがある。そして、いつものように都合が悪い情報を削除した。
「凪葉凛かぁ 元気かな」
「葉波の同級生だっけ? まさか、好きな女子?」
「そうだよ。告白する勇気のないチキンな僕がいまだに恋してる女子さ」
凪葉凛。年齢は僕と同じく18歳。 魔法少女として政府に徴用されてからは、魔法の影響で髪色もアッシュグレーになり大人びた雰囲気になったがそれでも僕は一目ぼれしていた。
紺色のアイシャドウが目じりにスッと書かれているところがポイント高い。
だが、年齢よりも大人びた表情に相まって性格も大人しく冷徹であるために、魔法少女たちからは嫌われているようだし いじめられたこともあるようだった。
そして、月に3回程度の頻度で告発が魔法少女たちからされる要注意人物でもある。
「今回は、"魔法少女の存在意義に疑問を持っていて反逆の恐れ"だって」
疑問に思うことも、魔法少女に関しては禁止されているのかもしれない。それも、この世界を危機から救う唯一の存在である魔法少女が無駄に辞めたりされたら問題だからだ。
「自由がない世界か...」
窮屈な世界で彼女は生きているのだ。彼女が、処罰で精神矯正をされないようにするだけが、当面の僕のできることだろう。
「葉波は、一目ぼれのその子に精神矯正されたくないんだ?ただ、魔法少女が絶対で誇る仕事だってマインドコントロールされるだけだろ?」
四葉は、無邪気にそう言い放つ。だが、僕はそんな彼には実際に見せる方がいいのだと思った。
「あとで、見に行くか?精神矯正」
驚いた表情をするも、すぐに二つ返事で はい と四葉は返した。
その反応に、何とも言えない気持ちを押し殺してモニタに再度戻る。
*凪葉凛*
―危険因子 0.1
ー反逆因子 0.1
ー総合見解 良好
―判定審査 問題なし
「終わった」
彼女が精神矯正をさせられそうになるたびに、職権を乱用して食い止めるのだ。
だが、
結果としてそれは、彼女の笑顔を守ると同時にこの世界の腹の内を公にしてしまうという一大事件へとつながるのだった。
そして
この世界に魔獣なんて存在せずに 一部のくるった奴が魔法少女たちを使って楽しんでいたゲームだと知るのだった。
***
23:35
「寒いっすね」
「当たり前だ。ここは地下12階だからね」
四葉を連れて魔法少女の精神矯正の現場を見に行く。仕事が予想以上に時間がかかったために最後の魔法少女のグループの精神矯正開始のギリギリとなった。
エレベーターで下っていくにつれて、夏の陽気から一転寒くなっていく。薄着の四葉は寒そうだが、知らん。
先ほどよりもさらに2つ下がり地下14階に到着した。エレベーターホールの前には、厳重な警備室があり 多くのロッカーが壁沿いに連立している。
「ここからは、僕らのような関係者以外は防護服に着替える」
「魔法が飛んでくるんですか?」
「違う。俺らにまで精神矯正されるかもしれないからだ」
得体の知らないものを怖がった四葉は、僕と同じように防護服を身にまとった。僕の所作をいつも以上にしっかりと見つめている。
ー男性2名(研究局許可済:UY8394)
「お疲れ様です」
「今、職員が来ます」
警備室のゴッツイ男がそう言うと、間もなくヘルメットをかぶった軽装な女性が来た。防護服をまとった僕らとは真逆だ。
「葉波さんですね」
「そうです。無理言って申し訳ない こいつ(四葉)に勉強させようと思いまして」
ついてきて といわれその女性のうしろをついていく。耳元で四葉が、いろいろ聞いてくるが、面倒だったから適当に流した。
彼女は、研究所の職員だ。魔法少女の精神矯正を担う責任者だったはずだ。そして、装備が違うのは...
「葉波なんで、俺らまで魔法少女と同じ部屋にいるんだって!!!」
泣きそうな彼に僕は、防護服越しに笑顔で言った。
「目前で見た方がいいだろ?」
ガラス越しに区切られた真っ白な部屋...いや空間にコンクリート製の椅子があった。そこに魔法少女が一人腰かけている。拘束具によって自由にできないようになっている。
「私は...もう魔法少女なんてやりたくないのぉぉ」
そんな彼女が僕らにも涙ながらに言う。だが、僕らには発言権がなかったから声はすべて防護服によってシャットアウトされる。
「...親友も失って。 仲間もいない。 やめてやる いや 助けてよ!!!」
―二人ともいいですか? 始めます。
>あっ お願いしまーす
その瞬間、警報音が白い空間に反響する。同時に部屋に謎の液体が充填されていく。
「葉波これ何? これ? 赤い...いや青いんだけどぉぉぉぉぉぉ」
「落ち着けよ。これは精神矯正剤だから」
―そうです。通常の人間には劇薬です。魔法少女にとってはプログラムを伝達する媒体って言ったところですね
目の前では、魔法少女が満ちていく液体から必死に逃げようとするも拘束されているから意味がない。
溺れそうにしている魔法少女に近寄ろうとする四葉。僕はそれを止めた。
「四葉 意味がない。君がどうこうできるものではない」
「でも、おぼれますよ!!!」
ーあっ大丈夫ですよー これ、酸素も供給する奴で ほらアニメでもあったでしょ 色違うけど
それでも、心配そうにする中で魔法少女が完全に青い液体に浸食された。
しばらくはじたばたしていたが、次第に ボケー とした表情になった。虚無的なまなざしになった。
そして、聞こえてくる音楽。
悲しい曲調...
「葉波...この曲って なんなんだ?」
「終末のイグノアー」
―終わりを無視する。そんな意味合いでつけられました。見ていればわかりますが、彼女が次第に意識を取り戻してきます。 この曲には、魔法少女たちにとっての嫌な記憶やストレスを断片化させ無効化させるんです。
ボゴッ
「大丈夫かい?君」
処置が終わり、青い液体がなくなると魔法少女は意識を取り戻した。
額には青い水滴が残っている。
「四葉?あまり勝手なことするなよ」
「...君は」
そう言いかけた時だ。
「あなたは誰? これから魔獣を倒しにいかないといけないからどいてよ」
ー成功です。今日からまた戦えます
目を見開いて、この世界の知ってはいけない秘密でも知ったかのような表情で四葉は廊下を歩いていた。
さっきから話しかけても無言だ。
刺激が強かったかなー
と思うのだが。
「今日のことをどう思うかは知らんが、君だってあの方法とは違えど精神矯正される可能性があることは忘れないでね」
「...はい。葉波はなんで平然としていられるんだ? 不気味だろ マインドコントロール?いや精神矯正という名の...」
言いかけて四葉は黙り込んだ。
「僕は、このことをどうとも思わない。それは、建前だ。本音は知らない。」
エレベーターに乗り込む。
エレベーターのモーターが唸る。
「そうだ。あの魔法少女がどうなるか実戦を見るか?」
「見よう」
***
「あっちの方角だ。タブレットのマップでU9って書かれているだろ」
「見えた」
双眼鏡越しに見ると、元気に魔獣と戦っている。時折地響きが起こり爆破も起こる。
「あぁ」
四葉が、そういう先には上空から落ちていく魔法少女。 魔獣にやられたようだ。
「彼女は... 今日、魔力が調子悪かったようだ。データシートでも様子見になっている」
魔獣が徐々に弱っていく中で、四葉がタブレット越しに対戦をリアルタイムで見る。10人が戦い現在9人が残っている。
「もうそろそろ魔獣が倒れるな」
その時だった。
「あの子が...」
急いで双眼鏡を除くと、魔獣の残力で強い攻撃を受けたようだった。
点で見える彼女が落ちていく。
「なんか、君には刺激がつよかったかもな」
「...葉波はなぜ 平然としていられるんだ!!!」
その問いに僕は答えた。
「知らない」
と。
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