4人が本棚に入れています
本棚に追加
たった5秒後の魔法
この世界で愛してって言いたかった。
この世界で生きてるって思いたかった。
本当の私はいない。
たった5秒後の魔法。
美嗚(みお)は普通の中学生。
顔も声も体型も、どこにでもいそうな子供。
パッツンロングのナデシコ。
特別幸せじゃなくて、特別不幸でもなくて、なんとなく生きていた、終わりなんてないと思ってた。
だけど、駆(かける)は言ったんだ。
「ほんと普通だね、美嗚は」
その言葉を紡いだのは、アニメの主人公みたいなイケメンイケボの幼馴染。
スラッと細身で、繊細な顔立ち。それだけでもチートなのに、眼鏡属性でもある。
「いいじゃん! 美嗚は美嗚だもん! ごくごく普通の美嗚だもん!」
そんなやり取りをしてるのは、なんと三途の川だったり。
現実側が私で、川の向こう側が駆。
「僕、ほんとは」
「うん」
「ほんとは……!」
けたたましい音が鳴り、ハッと体を起こせば、泣いていた私、なにかを忘れた私。
でも、その2秒後に、あっと思い出す。
「眼鏡眼鏡っと」
夢の中に出てきた、駆の眼鏡をかける。
するとたちまち駆になる。
(この眼鏡ってほんと不思議)
かけたら5秒後、駆になれる眼鏡。外せば元の美嗚になる。
駆の夢を叶える眼鏡。
☆
駆は以前、詩を書いていたんだ。
「100個書いたら見せるよ」って。
実際にはその半分も書けず、台風の夜の洪水で忽然と姿を消した。
残されたのは眼鏡ひとつ。
生きてるって思いたい。
でも哀しくは思わない。
夢で逢えるから。
☆
駆の眼鏡をかけて、パソコンを目の前にする。
パソコンの電源を入れ、詩を書く用のメモを出す。
たったそれだけで意識が、ぷつんと一度遮断される。
気づけばパソコンは落ちてて、プリンターからは詩がひとつ。
(今日の詩は、どれどれ)
『後悔なんてしたって、現実が変わるわけじゃない。だったら今ある幸せが、たった5秒後でもいいんだ。僕の時間を、君にあげる。僕の人生は、幸せだ』
「……」
(おかしな駆……。まるで生きてるみたいな)
(生きているのかな……? いつか逢えるのかな)
パソコン前の椅子で、大きな背伸びをしてみる。
その気持ちよさに、ふと生きてるんだなと思うの。
「あっと、ちょっとぉ」
100個まで、あと2つ。
あと2日で完成する。
1日1回しか書けず、それ以上やろうとすると気持ち悪くなるから。
まるで酔いつぶれた人みたいに、ぐったり。
「がんばるぞー!」
☆
ネットのみんなは私を、引きこもりって言うけど、それって正解、だって……。
全てが家の中で完結。
(流石にそろそろ、外に出ないとなー)
窓もしめきってるから、外の世界をほんと知らない。
今時いないかもしれない。
桃色ジャージでウロウロは。
でも誰も振り返らず、ちっぽけだなって思うの。
ふと風が吹いて髪が乱れる。喫茶店の窓で、髪型を直そうとして、そこに映った駆に驚く。
(しまった! 元に戻してない……)
桃色ジャージの駆は、なんだかちょっと可愛かった。
☆
急いで散歩から戻り、眼鏡をパソコン前に置く。
そして、ベッドにダイブ。
「つ~かーれーた~~~~!」
体力なんてないし、日光でだいぶやられた。
それから暫くウトウト、そのまま眠ってしまう。
「美嗚はさ」
気づけば、いつもの夢の中。
向こう岸の駆はとても複雑そうな顔をしてる。
「あ! ごめ。桃色ジャージで外出た……」
「!?」
なんかすごく驚いてる。
「ごめごめ、だって外すの忘れて」
「大丈夫だった!?」
「……え? う、うん。大丈夫だったと思う。すぐ家に帰……」
チラリと駆を見れば、心配そうな顔をしてる。
「……それならいい」
寝落ちから目覚めると、いつもの日課を始める。
パソコンを立ち上げて、詩を印刷して。
『君は気づいているだろうか? どれだけ大事にしてるかを。どれだけ尊い時間かを。あと少しで僕らの、この関係が終わることを』
ぶわって体が震えた。
一瞬、恐怖を味わった。
(何これ……!?)
☆
(あの詩、どういうことなんだろう……。もう逢えなくなるのかな)
そう考えたらいたたまれず、部屋の中をウロウロ。
早く夜になってほしい。
詩の続きを知りたいから。
あまりに心配しすぎて、目がさえて、眠れなかった。
(も~~~~!)
でも、いつの間にか気絶してたようで、詩を書いた記憶はないのに印刷だけされていた。
『僕は後悔してる。君を普通と言ったこと。君は僕には特別で、なのにそう言えなかったこと。戻せない時間にもしも帰ることが出来るなら、君に背伸びのハイヒールはかせたりなんてしない』
そこまで読んで、思い出した。
なれないハイヒールをはいて、車にひかれたことを。それが私だってことを。
(死にたくない……)
(生きたい!!)
☆
手を伸ばした。
無我夢中で、暗闇から出ようとした。
「生きたい」
(忘れたくない)
「生きたい! 幸せになりたい! 生きたい! 生きたい! 生きたい!!」
息が苦しい。
死んだら、あなたは私を忘れるのかな……?
呆然として、それから急にこみあげた愛情。
生きることへの愛情、駆と一秒でも長く一緒にいたいこと。
(助けて……!)
☆
気が狂うほど叫んで、気を失った。
そこは三途の川だった。
駆は向こう側で哀し気な顔をしてる。
弱く笑っていた。
「……ごめんな」
「……」
「大丈夫だよ」って言いたい。
「駆の所為じゃないよ」って。
だけど愛しくて、だけど悔しくて、だけど空しくて、怖くて。
「でも心配しないでいい」
「……なに」
ようやく小さい声が出る。
責めるようにかすれた声で、「……なに」と。
「僕も死んでるから」
「……嘘」
「嘘じゃない」
「どう……して」
「小さい頃、僕は死んだんだ。でも、魔法の眼鏡をくれた人がいて、かけた間だけ生きられた。かけた間だけ、自分の部屋から出れた」
「!」
だから私、外に出れたんだ。
だから駆、眼鏡を失くしたから、死んだんだ。
「魔法の眼鏡は、家以外のフィールドに連れていってくれるアイテムなんだ。でも、その外で眼鏡を失くしたら、かけていた人は死んでしまう。だから外に興味を持たないように、家にいたくなるように、詩の続きをやってもらってた」
「……100個目が、あの内容でよかったの?」
「うん、よかった」
「どうして!?」
駆は苦笑して、手を差し伸べてくる。
私は一歩近づいて、ブンブンと首を振った。
「一緒に生きたいから」
「……え?」
なにを言っているのかわからない。
ふたりとも死んでるのに。
「魔法の眼鏡を半分、僕に与えて欲しいんだ」
☆
私は進んだ。
川の中をジャブジャブと太ももまで濡らしながら怖かったけど進んだ。
真ん中まで来た時、「そこでいいよ」と駆が言う。
「投げて」
パキンと折った眼鏡を、半分駆に投げた。
眼鏡に触れた瞬間、向こう岸の駆が消えた。
「え?」
「こっち!」
振り向けば、そこに……。
現実の岸に、見知らぬ少女がいた。
☆
引っ張られて、現実の岸。
「美嗚は、命の恩人だね」
私は安堵した。
これが正解だと、なぜかわかった。
「今後、魔法の眼鏡は使えないし、僕がこんなで残念?」
少女の髪は短髪で、声だけが女の子だった。イケメン女子と言う感じ。
「……ううん、逆にほっとした」
「そ?」
「うん」
「それならよかった」
☆
「魔法の眼鏡はね、現実で僕を助けて亡くなった方の形見なんだ」
「え、じゃあ生きてるの? えと……」
「ああ、僕のことは、今まで通り駆でいいよ」
「あ、じゃあ……駆」
駆は教えてくれた。
駆を助けてくれた青年がいたこと、でもその5秒後に、駆もまた、亡くなってしまったこと。
その時、眼鏡に魔法がかかったこと。
助けてくれた青年の姿になれる眼鏡。
「あの人はもう先に生まれ変わってて、僕は美嗚が心配で待ってた」
「え……?」
「僕らは生まれ変われるんだ。物心つくまで記憶は消えないらしいよ」
「そう、なんだ……」
転生ってやつなんだろう。
物心つくまで……。
「だから、手を繋いでよ」
私は少し考えて、頷き小さく笑った。
☆
その5秒後、私達は双子として転生した。
いつもどこでも一緒。
物心つくまでかもしれない。
それでも、私達は幸福だった。
とても尊い家族がいる。
どんなに愛してもいい。一緒に生きられる人。
この記憶はいずれ消えて、でもその後もけして、離れられない絆がある。
それは永遠の魔法。
end
最初のコメントを投稿しよう!